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湿り気を孕んだ熱風が、ようやく冷え冷えとしたものに変わりだした季節。十月中旬。灰色が主となっているビル群の一角。白いオフィスの一室で、一人の男が猛り吠えていた。
「あ゛あ゛!?…何で出来てねぇ~んだよっ!!」
書類を丸くして首筋にあてがい、眉間にこれでもかと皺を詰めて男が叫ぶ。胸で揺れる社員証には、『我妻京司』と名前と顔写真が載っている。綺麗に中央分けしている黒髪。ぴしっとした灰色のスーツ。身長が百六十とやや小柄な点が本人のコンプレックスらしい。が、ぴしっと伸びた背中がしっかりとカバーしている。年の頃は、三十代前半…くらいか。
「すいません。原案の提出と聞いていまして。」
ペコッと背を折るのは、我妻より年下の男性社員だった。首から下げている社員証には、我妻と同じく『落合仁』という名前と、横にはうかない顔写真がある。学生時代の名残か薄茶色が残る黒髪は、潔く刈り上げている。背丈は百七十ちょいと高身長で、人当たりの良さそうなえびす顔とようやく身体に馴染みだしたらしい紺色のスーツが決まっている。年齢は二十五ちょい、というのが情報通の女性社員達の見立てだ。
二人が打合せしている背後では、白いデスクが左右の席をくっつけて列をなし、それぞれ一個ずつ備え付けの内線電話がけたたましく鳴っている。オフィス後方、二台のコピー機は始終稼動しっぱなしで、ガーガーいう微かな音はすでにBGMと化していた。人が歩く音、話し声、電話の音、応対の声、コピー機の稼動音、タイプの音やパソコンの音…。二人の周りは常に音で溢れている。
「だから、今日までに原案を持って来いっつったろ。」
我妻が、顰めっ面でデスク上に書類を放り出す。パサッという音が、落合の耳にやけに大きく聞こえてくる。
「すみません。俺は勝手に、原案について我妻さんとの打ち合わせする日だと思い込んでいました。」
重ね重ね頭を下ろす落合に、上司は腰を下ろしている椅子に頭を擦り付け、渋い顔をする。
「はァ!?…んで、俺がお前の仕事を分担でやんなきゃいけねぇんだよ。そんくらい、一人でしろよ。」
「はい、すいません。…今日中には、案を提出しますんで…。」
当たり前だろ、と我妻は唇をひん曲げる。
「昼休憩抜きでやれよ。俺が帰るまでに絶対提出しろ。いいか、絶対だぞ。お前のために残業なんて、俺はしないからな。」
我妻は言いたい放題告げると、席を立ってオフィスから去っていく。
片手で額を抑えながら、落合が自らの席に戻ると横にいる男が話しかけてくる。肩まで伸びた、色素の抜けたやや灰色がかった髪。涼しい目元にフレームなしの洗練された眼鏡が光る。社員証は刻まれた名前は、『水越大和』。
「…まぁた食らったな、鬼我妻の”雷落とし”。」
答えるのも馬鹿らしいのか。落合は眉を寄せた顔で唇に一本、人差し指を添える。
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