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ただ、一言だけ付け加える。
「昔は…呼んでくれたじゃん。」
二人の会社では、教育係が任命されている研修期間だけ『先輩』と呼ぶ妙な習わしがあった。教育係の任が解かれると、後輩は個々人で好きに呼ぶようになる。…落合個人としては、上司の呼び名は『我妻先輩』より『我妻さん』の方がしっくりきた。周囲も、同様だった。
お冷のグラスが二人の手元に届く。席に誘導された直後にお冷が来なかったのは、混み合っていたからか。それとも、二人の注文するタイミングが早かったからだろうか。
おばちゃんが去った頃合を見計らって、我妻は独り言のように口にする。
「…落合さ、ヤダった??俺とこうして…二人っきりで飲みに行くの。」
卓上から下、相手の様子は落合から見えないが、先輩はどうやら足の間に両手を置いて質問しているらしい。『ヤダった??』。我妻らしくない、子供っぽい喋り方に後輩はごくりと唾を飲み込む。
「何か…先輩、大丈夫ですか??」
様子が変だ。否、二人っきりで飲みに行くと言い出した時点でもう異様極まりないのだが。それでも、こんな…幼稚な態度で拗ねている我妻を後輩は知らない。
はは、と我妻は自嘲の笑みを零す。また頬杖をつく。今度は前より低い位置で掌の上に頬を重ねると、上目遣いに後輩を眺めてくる。
「…ダイジョーブって??なに。俺を心配してくれんの、お前。言うようになったな~。」
落合は両膝の上に置いた手をぎゅっと握りこむ。やはり、様子がおかしい。水越の声が耳に蘇ってくる。
《同期の伊月さんには出し抜かれ、今孤軍奮闘している真っ最中なのよ。だから最近、妙にピリピリしてんじゃん。些細なことでよく俺らに注意したりして。それでも、あの人なりに一生懸命仕事してんだろ。》
我妻さ、名前を呼びかけたところで、仕事の早いおばちゃんがテーブルに生ビールのジョッキを運んでくる。汗ビッショリのキンキンに冷えたビール。さわさわと、小さな泡が次々に液体の表面めがけてせり上がってくる。ありがとうございます、とおばちゃんの背中に間に合わなかったお礼を唱え、小さく頭を落とす。我妻さん、と目を戻した矢先。
ごとん。
重々しい音がして、テーブルが細かく震えた。落合はあっけにとられる。空のジョッキが目前に置かれている。今さっきまで、泡がグラスからはみ出そうなほどいっぱいに注がれていたのに。文字通り、我妻は一気飲みした。
「我妻先輩??我妻先輩!?」
これまでの落合の記憶に、先輩の酒のペースが早いなんて覚えはない。だから、つまり…今のペースは無茶苦茶だ。
「あ~…。うまい。ってか、落合、飲まないの??俺、もらうよ??」
ひょいっと後輩の前に置かれていた二杯目のビールを取り上げようとする。
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