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無意識に下唇を噛み締める。瞳が伏せがちになる。…今度は、指摘してしまった落合が黙り込む番だった。
薄暗い夜道。ただでさえ生っ白い年上の男の頬に、ほんのりと咲いた朱色。大人の行為に誘うようにゆっくりと伏せられた瞼は今にも泣きそうに潤んでいる。やがて、性悪な眼は上目遣いに、相手に訴える。
「…無自覚タラシが。」
「え??水中のタニシ!?」
また臭いって言われているのか、と両袖の裾に鼻を近づける部下を横目に我妻は先に進む。
腰ポケットに手を突っ込んだままの前進なので、当然、部下は我妻の動きに引っ張られる。
「ちょ…っ!!我妻さ、俺のコート!!コートの生地!!伸びちゃいますって、ヤメテ!!おろしたてだからァ!!」
「…ちんたら歩いてんじゃねぇ。」
「謝ります!!スピードアップしますから、そんなグイグイ引っ張んないで、あああああ~っ!!」
夜の街に、落合の貧相な悲鳴が轟いた…。
日めくりカレンダーがまた一枚脱ぎ捨てられ、木曜日になった。
我妻が出勤してデスクにつくと、何やら部下達が騒がしい。…どうやら、騒がれているのは落合らしい。
(…ほぅ??)
昨晩、『一緒に帰るのは却下』宣言した後ろめたさも手伝って、我妻は不本意ながら話し声に聞き耳を立てる。…いや、自分が話題に関わっていなければいいのだ。話題に関わっていなければ…。
「落合君、どうしたのその傷!?両指三本くらいに絆創膏ついているじゃん。…っていうか、それ何??重箱??」
愛らしい声は織戸のものだ。
「オーバーだぞ、織戸。ただの大きめな弁当箱だろ。…二段あるけど。」
続けて聞こえてきた理知的な声音は、誤字脱字のない書類を提出することに定評のある水越か。
「えへへ。…たまには、自分で凝った御弁当作ってみようかなって。早起きしてはりきってみたんだ。」
さも楽しげな落合の声に、上司は小さく息をついて手で目を覆う。
(指に傷…。藪から棒に、早起きして手作り弁当…。)
我妻は直感して、そのまま天を仰ぐ。
(…ある日何の脈絡もなく早起きして、わざわざ自分のために手作り弁当作る馬鹿がどこにいるっていうんだ!!)
百歩譲って、落合が気分転換したいならいいのだ。問題はない。ただし、と我妻は肩を竦めた。
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