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不穏な朝1
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淡い朝日がカーテンの隙間から部屋に差し込む。静寂に包まれる町と裏腹に、ベッドで眠る成瀬伊織は魘されていた。
苦しげに胸を掻き毟り、肩を上下させながら段々と丸まっていく。額に浮かぶ汗は曲線を描くように流れ、白いシーツを濡らした。一度に多くの酸素を吸い込むと、驚きで体がはねて同時に目覚める。
「────」
伊織は青褪めた顔のまましばらく呆然とし、気付いたように息を整えた。緩慢な動作で上半身を起こすと、息を一つ吐き額の汗を拭う。体中が気持ち悪く、夢のせいで気分まで悪い。
あの日の事故を、夢に見たせいだった。
乗用車が閑静な住宅街のとある歩道で、歩行者を巻き込みながら河川敷へ落下した事故として、当時は世間を震撼させた。加害者は運転中に熱中症で意識を喪失しており、その際ハンドルから手が離れていたそうだ。急ぎの用でもあったのか、アクセルを踏み込んで法定速度を超過したスピードが出ていた。そのまま車は左へそれていき、運悪く後方から追突された被害者は加害者共々、不帰の人となった。
被害者は車の下敷きとなってしまい、顔は原型をとどめておらず、何箇所もの複雑骨折で手足があらぬ方向へ向いていたらしい。奇跡なんて起こる余地もなく、即死だった。
被害者、成瀬カオリは伊織の母だ。
小学一年生だった伊織の目前で起きた事故。あの時は救急隊員に母の腕から離されたあと、いつもは快活な近所のおばさんに抱き締められながら意識を失った。
目が覚めたのは事故から丸一日後で、病院の清潔な寝台にいた。何もわからないまま、時間は過ぎ去った。葬式も火葬も気付けば終わっていて、三人で暮らしたアパートには父と二人きりになった。
あの事故が起きてから、父とは距離ができた。それが決定的なものになった日は、もちろん伊織の記憶に残っている。どうにか父と仲直りしたいと思っても、幼さゆえに対峙する恐怖で足が竦んだ。
結局あれから九年後、父は再婚した。伊織に近寄らない新しい母と、付かず離れずのよくわからない兄ができた。
良好と言えない家族仲で伊織は一人、弾き出されていた。新しい家族と伊織を繋ぎ止めるのは、放り出さなかった父だけだ。
父に嫌われないよう必死で、けれど開いてしまった距離は今もそのままだ。溝が深くなる一方、少しばかり一般的な高校生の道を外れたのは心を保つためである。
許してほしいと思わないが、それでもどこか期待している自分が存在していた。そう思う自分と裏腹に、父には興味すら持たれておらず、必然的に思いが交わることなどありもしない。ここまできてしまえば流石に、関係修復は不可能な代物だと理解した。
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