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第三章【愛瀬】
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〘木蘭様〜?〙
「此処です!」
相楽さんの声が聞こえ、自分の居場所を伝える。
着けている軍手が土まみれというのを忘れ、そのまま頬を擦ってしまった。
〘おやおや、お顔に泥が……ふふっ、本当に幼子みたいですねぇ。〙
「ゔっ…」
顔に付いた泥を手拭いで落としてくれた相楽さんは、俺が作業をしていた場所を見て感嘆の声を上げた。
我ながら綺麗な出来栄えだと思う。
今日は少しだけ庭の手入れと、草取りをしている。
身体を動かしていた方が咳も出ない事が分かったし、気も晴れる事も分かった。
相楽さんも怒らないし…
〘さて、そろそろ昼餉にしますか。〙
その言葉を聞き、俺は手を洗いに行こうと立ち上がった。
ここ最近離れから出ていても、母上から注意を受けない事に気付いた。
元々俺から塞ぎ込んでいたのもあって…勘違いしていたのかもしれないな。
まぁ、なるべく姿を見ないようにしているのは感じてるけど…
「ぅあっ……冷たっ…」
『庭が綺麗になっていると思って来てみたら、まさか君だったとは。』
「!!!」
突然真後ろから声がし、大袈裟な程肩を揺らしてしまった。
恐る恐る振り向けば…そこには彼が立っていた。
「お久し振りです…」
『おや、文にも綴った筈だけれど?』
そうだったか…?
と、首を傾げて文面を思い出す。
確かに言われてみれば近々会が開かれる、と書いてあった様な…
まさかそれが今日?!
『酷いじゃないか、折角会える機会だと思って楽しみにしていたのに…俺だけだったのかい?』
「うっ……すみません…」
『いや、構わないよ…こうして自分から来てしまえば良いんだからね。』
「………。」
そういえば…彼は自分の事を"僕"と言わなくなった気がする。
まあ、それだけ距離が近付いたのだと思えば…悪い気はしない。
"俺"の方が親しみやすいし…
『朝から手入れを?』
「そう…ですね…起きて朝餉を食べて、それからなので…」
『凄い、早起きだ。』
「あ、また苛めるおつもりですか…?」
いつしかの文に綴った事を揶揄おうとしているのか、楽しそうに微笑みだした彼を少し目を細めて睨む。
すると面白いくらい焦った顔をして、慌てて取り繕おうとし始めた。
『違う違う、褒めているんだよ!ほら、俺も朝は弱いからさ…』
「んふふっ、冗談です…でも朝はやはり起きられないものですよ。」
『だ、だよね!』
手に付いた泥を水で流し終え、手拭いを取り出そうと彷徨っていた指先を掬われた。
そのまま目を追っていけば…彼の懐から手拭いが出て、優しく拭われる。
『凄く冷えてしまっているね…』
「み、ずが…冷たくて…」
温もりを取り戻す様に揉みこまれ、そのまま指先を絡められる。
顔が熱くなっているのが自分でも分かる…何せ、耳から熱さを通り越して痛みを感じる程だ。
こうして会う度会う度、触れ合う事が多くなった。
あの時…俺が彼に応えてしまった日から。
「…あの…」
『ん?』
「母上から、何も言われて居ませんか?」
『………大丈夫だよ。』
「そう、ですか…それなら良かった…」
ほっと安堵の息を吐く。
母上からの文は忘れていない。
こうしてこの屋敷に来る度、俺の所にまで足を運ぶものだから…少し母屋に居る従者が怪しんでいる、と相楽さんから聞いた。
それとなく相楽さんも助け舟を出しているらしいが、あまりに頻度が高くなると難しいとも言っていた。
その為俺は、彼を見ても庭仕事や別の事をして気付かぬ振りをして過ごし…何とか誤魔化そうと頑張っていたり…
まぁ…偶に遠くから見ていたりなど、余計な事で油を売ってしまっていたが。
それでもそれなりに効果があったらしく、次第にそれは薄れていった…
互いに文で近況報告をしたり、偶に近場へといらした彼が塀の外から声を掛けて下さったり。
そんな事を繰り返していく内に…気のせいで無ければ、かなり打ち解けたと思う。
『それでは、今から昼餉かい?』
「ええ、そうなんです。相楽さんの作るおにぎり、とても美味しいんですよ!」
『へぇ…羨ましいね。』
〘良かったら愁様も、お一つ如何です?〙
『おっ、と…驚いた。』
〘おや…気付いていたから言って下さったのでは?〙
『………。』
三人で木陰へと座り、相楽さんが握ったおにぎりを受け取る。
一口頬張れば、梅干しの酸味が口に広がった。
酸っぱいけれど身に染みるのは、沢山汗をかいた証拠だろう。
あっという間に一つ目を平らげて、次のおにぎりへと手を出しかけて止まる。
「……なん、でしょうか…」
『いや…良い食いっぷりだとおもってね。』
〘沢山作った甲斐がありますよ…こちらは大根の葉を使って握ったものです。〙
『はははっ、沢山お食べ…』
「……頂きます…。」
腹が減ってるのだ、仕方の無い事だろう。
自分にそう言い聞かせながら、ふたつ目を頬張った。
此方もまた、とても美味しい。
「ん、しょ…っ…」
『凄く根を張っているね…どれ、俺も手伝おう。』
午後の少しの間だけ俺も手伝うと提案をし、共に庭作業をした。
俺の隣で奮闘している彼…
日に当たって赤い顔を、更に赤くさせて頑張っている。
その後ろに同じ様に座り込み、草の根本を引っ張るが…中々抜けない。
『もう…少、し……おっ!』
「あっ!!」
急に抜けた草に、勢いは止まらず…
土を軽く被りながら尻もちを付いてしまった。
暫く呆けた後、俺と彼は同時に吹き出した。
「あはははっ!」
『ははっ、してやられたな!』
彼の体重を感じつつ、そう笑い合う。
すっかり触れ合うのも定着して来た様子に、何故か優越感を覚えた。
けれどその反面、彼の首元に咲く赤い華や時折香る彼以外の匂いに…腹の底が煮える事もあった。
それは彼との距離が縮んだという証拠でもあるが、その分遣る瀬無い気持ちが募る一方だ…
『………。』
「…?如何か致しました…あ、お、重いですよね!すみません!」
『いやいや、これくらい平気さ…怪我は?』
「いえ…俺は、別に……あ!お召し物が汚れてます!!」
『うん?あぁ…払えば』
「良くないですよ!これから会食が……あ、相楽さん!」
〘はいはい。〙
彼の剣幕に負け、俺は早々に庭仕事を追い出されてしまった。
なるべく他の従者達に気付かれぬよう気を遣い、客間にて楓と落ち合い衣服を着替えた。
着替えてしまった以上もう汚す事は出来まい…残念だが幸せな時は終わってしまったようだ。
〘…愁様。〙
『ん?』
〘ありがとう御座います…〙
『急に如何したんだ?例を言われる事など一つもしてないさ…』
〘いえ、ずっとお伝えしたかったのです……貴方様と出会い…話す様になってから、木蘭様は随分と明るくなられた。〙
『………。』
〘如何か…これからも、木蘭様をよろしくお願い申し上げます。〙
深々と頭を下げる相楽に、言葉が詰まった。
俺が彼を変えている…
『…俺も、彼に救われている部分もあるさ。』
〘………。〙
『お互いに変化を与える存在になれるのであれば、それは嬉しい限りだよ。相楽…俺からも一つ良いか?』
〘ええ、何なりと。〙
『彼を一人にしないでくれ…』
〘…っ…!〙
『頼む。』
〘勿論でございます…!〙
胸を押さえ、強く頷いた彼に優しく微笑む。
外を見やれば…一生懸命庭仕事をする彼が見えた。
出会った頃とは違う、歳相応の顔付きをするようになった彼。
周りに人が居ないのを確かめると、太い根を持つ草が抜けたのが嬉しかったのか…とびきりの笑顔を浮かべた。
嗚呼…胸が締め付けられる。
本当に彼が愛おしい…
今すぐにでも彼の元へ駆けて、その嬉しそうな顔を堪能ながら褒めてやりたい。
けれど…
『そろそろ行こうか、楓。』
〈…はい。〉
俺と彼の愛瀬は、陽の目を見る事は無い。
笑み浮かべる愛しい人から目を離し、背筋を正した。
庭仕事を終え、湯浴みを終え…
母屋から聞こえる賑やかな声を背に、一人寂しく夕餉を摘む。
今頃…妹と談笑でもしているのだろうか。
チクリと傷む心臓を撫で付け、首を横に振り雑念を消し飛ばす。
〘お嫌いな味付けでしたか?〙
「ぁいえいえ!全然!今日も美味しいです!」
〘そうでしたか…それなら良かったです。〙
ご飯は美味しい。
それは嘘じゃない…
けれど、この場に彼も居たのなら…更に美味しく感じるのだろうかと思ってしまう。
会えば会う程貪欲になる自分が、如何仕様も無く気持ち悪い。
「………。」
夕餉を終え、相楽さんは母屋の手伝いに向かって行った。
今度こそ完全に一人だ…
ぼんやりと月を眺めながら、自分で淹れた茶を啜る。
暖かい茶が食堂を通り…胃へと落ちていった。
じんわりと温かくなった腹を擦り、また一口啜った。
「…今日は、何も無いと良いな…」
ポツリと零れた本音。
幾度となく行われる行為は、会食後が一番多い。
通常時が三人とすれば、会食後は六人…いや、八人の時もあった。
代わる代わる行われ…休む時も無く繰り返される。
完全なる娼婦…だ。
「ハハ……」
いっその事逃げる様に全ての戸を閉じ、鍵をして寝てしまおうか…
いや、それが出来るのであれば最初からしている。
逃げ場等…何処にも無いのだ。
「……あ、薬。」
そういえば、相楽さんから食後の薬を貰っていた。
思い出し棚から取り出す。
この薬は…俺の忌まわしい痣の薬だ。
気休め程度の鎮痛剤…
痛みなど拭わなくて良いから、せめてこの痣を消してくれと思う。
「………。」
最近吐血する様になったのは、どうやらこの痣の所為だったらしい。
医師と相楽さんが話しているのを…こっそり耳にしてしまった。
進行が早まっている、とかなんとか…
薬を片手に、鏡のある間へと向かう。
衣服を一つ一つ脱ぎ捨て、姿見の前へ立ち…ふ、といつしかの日を思い出した。
そういえば…彼に痣を見られた日もあったな。
「ふふふっ…」
あの日はとても驚いた。
けれど、彼は否定するでも無く…ただ浸すらに"大丈夫"だと言ってくれた。
優しく…諭すように。
今考えれば無礼を働き過ぎたと思うが、それがきっかけだとも思う。
「………。」
姿見の布を払い除け、そっ…と背中を見やる。
今やもう、背の左面は痣で埋まっていた。
溜息を吐きそうになった瞬間…
「……!!」
勢い良く襖が開け放たれた。
驚きの余り、姿見諸共後ろへ倒れ込んでしまった。
けれど…そこに立っていたのは…
『……懐かしい光景だね。』
「な…!!」
彼だった。
にこやかに微笑んでは居るが、少しだけ息が上がっていた…
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