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日が暮れ始め…昼間の暖かい風など感じさせぬ程の冷気が包み込むこの道に、外灯が点灯しだした。
黒い着物に黒い外套。
まるで誰かの葬式にでも行くかの様なこの格好…
『………。』
少し道を反れば、山奥に続く細い道。
点々と続く外灯を頼りに歩を進める内に、すぐ傍の木から良く知った気配を感じた。
『気が立っているのかい?そんなに怖い顔をして…』
〈失礼な…警戒してると仰って下さい。〉
『おや失敬。』
〈…この先にある外灯二本を越えたら、そこからは奴等の領分です。〉
『みたいだね…』
〈我々もその先からは距離を取っての行動となりますので、くれぐれもお気を付けください。〉
『うん。』
にこりと微笑み、悠々と歩を進めれば楓は暗がりの向こうへと姿を消して行った…
さて、これから向かうは文を渡してかれこれ二週間も音沙汰なしの礼儀知らずの所。
じっくりと待ったにも関わらず、悪びれる素振りも無く夜な夜な樽俎をしているそうじゃないか。
さぞ楽しんでいる事だろう…
返事の代わりに寄越した招待状を目前に翳し、その先浮かぶ憎たらしい顔を睨めつける。
『今日は良い夜にしよう。』
再び懐へと仕舞ったそれを、まるで大切な物かのように外套の上から撫で付ける。
発した言葉を合図に、周りの木々からガサガサと音が聴こえた。
どうやら、他の者達も不備無く動いてくれているようだ。
外灯二本を越えた先…
松の木によって作られた門を潜り、鼠の手下への挨拶もそこそこに…
辿り着いた家屋に足を踏み入れた。
随分と酒臭いのを感じるに、どうやら毎夜毎夜行っているらしいな…これは。
建物に染み付いているのでは無いかと思う程、充満している。
思わず鼻を摘みそうになるのを耐え…目的の人物を探し回っていると、両手に青年達を侍らせているかなり肉付きの良い背中を見つけた。
ふむ…ここまであからさまに男色だっか?
それとも…彼と出会って変わったとでも言うのだろうか。
嗚呼、虫唾が走るな。
さっさと終わらせて帰ろう…長いは無用だ。
そっと背後に立ち、肩へ手を乗せた。
『やあ、花蘇芳の花は綺麗に咲いたかい?』
《あ?……って、雛方様!!》
『どうも。』
振り向き様は睨んできたっていうのに、顔を見た途端媚びへつらう。
変わらない様で何よりだ。
『それで…咲いたのかい?』
《はははっ!頂いたのは球根じゃ無いですか、咲くのはまだまだですよ〜!》
『おや?そうだったかな…手折った枝を文に添えただけだった気もしたけれど、どうやら勘違いしていたみたいだね。』
球根を態々お前なんぞに誰が渡すか…
しっかりと蕾を携えた枝を送っただけの筈。
つまり、此奴は送ったものを愛でもせずに捨てたのだろう。
なんて奴だ…
《…っ、今度咲いたらお教えしますよ…はは…》
『そうか、楽しみにしているよ。』
《お、おおそうだ!向こうに挨拶しなければならない人が居たんだった、慌ただしくて申し訳無い…》
『構わないよ…相変わらずで何よりだ。』
《食べ物も酒も沢山取り寄せたので、ゆっくり楽しんで下さると……ではでは!》
『………。』
地響きでもしそうな程の足音を立てて、鼠は去って行った。
貼り付けていた笑みを崩し、顎に指先を添えながら考え込む。
ちらほらと見えるのは、まあそれなりに見知った面々だ。
と言っても一方的だけれど…
人脈を拡げておくのも策の一つかもしれない…が、楓が居ないんじゃ面倒臭いだけだ。
さて、どのタイミングで…
『………。』
キラリと、窓の外から鈍い光が見えた。
きっと楓だろうな…急かしている。
はいはいやりますよ、の意味を込めて一人で微笑んで居ると…
[あ、あの…]
『…ん?』
[もしや雛方家のご子息様で?]
『………ええ、如何にも。失礼ですが貴女は?』
雅な扇子を口元に、柔らかく微笑んだ女人。
かなり美しいけれど…全く知らない。
適当に話をして落ち着いたら、もう一度あの鼠の元へ行かなきゃならない。
良い話があるとか何とか適当にホラを吹いて誘い、素早く終わらせるとするか。
嗚呼、面倒臭い…
〈何やってんだあのお坊ちゃんはよぉ……仲良くお喋りしてる時間なんてねぇんだぞ?!!〉
〘まあまあ、そんな急ぐ事でも無いじゃん?〙
〈次があるっつってん……おい、お前何食ってんだ…〉
〘ん?さっきちょっと潜って掻っ払って来た。〙
〈………はぁぁぁあ…〉
〘楓も食う?んまいよー、これ。〙
〈お前を先に殺してやろうか。〉
〘あっはは!無理だろ。〙
「…………。」
今日は相良さんが居ないらしい。
代わりにとやって来た従者は、人懐っこい笑顔でそう告げた。
どうやら彼は相良さんの弟子?らしく、警戒しなくても良さそうな気がする。
現に、俺の目の前で共に夕餉を食べている彼からは頻りに相良さんの名前が出てくるからだ。
「…………。」
《ほんっっっとに相良さんって格好良くって!困ってる人が居たら然りげ無く助けるし、しかもそれを当然って顔でやるし!何でも出来ちゃう凄い人なんですよ!!》
「は、はぁ…」
《しかもしかも!頭も良いし、色んな事教えてくれるんすよ!!》
「そうですね…」
《あ、木蘭様知ってます??相良さんね、女性にすっごい声かけられるんですよ。買い出しに町に出れば、必ずと言っていい程お茶に誘われたりしちゃって!》
まぁ…相良さん顔が良いからなぁ。
女性が惚れるのも納得するだろう…
にしても、本当に良く喋る人だ。
唯一黙るのは、咀嚼している時のみで…それが終われば直ぐ相良さんの話をし出す。
嗚呼、米粒を頬に付けたままで…
「……ふふっ…」
《ん?今笑うとこでした??》
「ぁ、いえいえ!その…米粒が頬に…」
《えっ!?》
「そっちじゃ無くて、反対に。」
《ぅわっほんとだ!恥ずかし〜…へへっ…》
「ふふふっ、相良さんの事…凄く慕っているんですね。」
《そりゃ勿論!だって俺、相良さんに拾ってもらった命ですから!》
拾ってもらった…?
思わず食べ進めていた箸を止め、彼の顔色を伺う。
特段哀しそうにも、気不味そうにもしていないのを見るに…本には然程気にしていない内容らしい。
相良さんは自分が小さい頃からの従者で、それ以外の事は何も知らないけれど…どうやら俺以外にも手を掛けている子達が居るみたいだ。
面倒見が良いのは知っていたから、何となく彼がそうなった生い立ちに触れられた様な…そんな気がする。
《俺、ここに来る前は何も無かったんすよほんと…》
「えっと…それは俺が聞いても大丈夫な話、ですか?」
《あ…全ッ然大丈夫っすよ!別に悲しい話でもないですし!》
「そ、そうなの?」
《はい!まぁ、手短に言うとするなら…乞食だったんすわ。》
「………。」
《流行り病で親は死んじまって、途方に暮れてて…あんま良い事じゃないんすけど、盗みとかして食い繋いで…へへっ…》
乞食…
衣食住がまともでは無い人は、ここ周辺のみならずどこにでも居ると聞いた事はある。
でもまさか、こんな明るい青年がそれを経験していたのは知らなかった。
《運が良かったのか悪かったのか、そん時に相良さんと会って…多分買い出し?とかの途中だったっぽいんすけど、俺まだ餓鬼だったから…取り敢えず上等なモン身に付けてたからくすねてやろうって。考えもせず突っ込んでったんすよねぇ…》
「相良さん相手に?」
《相良さん相手に!んははっ!》
ケラケラと朗らかに笑った彼は、夕餉を平らげた後にまたゆっくりと話し始めた。
《そしたらまぁ…逃げ切れるわけもなくとっ捕まって、事情話したらあれよあれよと此処に来たってわけっすよ!》
「なる程…」
《勿論こっ酷く叱られたけど、すっげぇ優しくって…色々気に掛けてくれるし、生活するのに不便が無いように術を教えてくれて…ひでぇことしたってのに、あの人全然鼻にも掛けずに居てくれて。》
「優しいなぁ…ふふっ…」
《ほんっっと、感謝しきれないっすわ!》
照れ臭そうに笑った彼は、そわそわとしながらもお茶を淹れ食べ終わった俺の分の夕餉を下げてくれた。
荒っぽい所作だけれど、どこか相良さんの様なその手付きに…そっと俺も強張っていた肩を落とした。
ー〘彼は今の所見習いですが、木蘭様にとっては新しい人種だと思います。元気なのが取り柄なので、警戒しなくても大丈夫ですよ。〙ー
出掛ける前に相良さんは、彼の事を少し俺に説明していた…
相良さん以外の従者に、あまり良い思いを持っていなかった為…聞いた時は少し不安だったけれど、今はもう警戒するのが馬鹿らしく思える。
確かに、相良さんの言っていた通り元気な青年だ。
《そろそろ寝ますか?》
「んー……もう少し、貴方とお話したい…と言ったら、困りますか?」
〘………。〙
そう尋ねれば、彼は驚いた表情で俺を見つめた。
流石に見習いである彼を引き留めるのは、些か不味かっただろうか…
慌てて発言を取り下げようと俺が口を開くよりも先に、彼は身を乗り出して俺の前へと座った。
〘全然困んないっす!寧ろ始めてお会いした相良さんのご主人様なので俺ももっと話したかったっす!〙
一息で言い切った彼は、とっても嬉しそうに目を輝かせていた。
「ふ、ふふふっ…!」
〘あっごめんなさい!近かったっすね!?〙
「ううん、大丈夫です…良かった、断られなくって。」
〘断るわけ無いじゃないっすか!俺、相良さんから木蘭様の話し聞くの大好きですもん!〙
「え?俺の話してるの??」
〘毎日!〙
「ま、毎日?!えっ……何言ってんだろ…」
〘えーっと…剪定する時に、松の実と虫を見間違えて一人で慌ててたとか?〙
「………。」
待って待って待って。
そんな事まで言ってるの??というか、見てたの??
〘雑草抜くのに全力とか、料理の時に危なっかしくてヒヤヒヤするとか!〙
「あ、ああ……」
〘最近だと…野山に放り込んだら如何なるか見てみたい、とか言ってたっすよ!〙
「の、野山……」
恥ずかしい事ばかり言われるし、最後に至っては最早怖い。
俺の事を話すだなんて言われたから、つい興味を示してしまったけれど聞いたのが間違いだったかもしれない…
〘でも、木蘭様の話する時楽しそうにしてるんすよ?声音も随分と優しいし、必ず最後には"逞しくなられて嬉しい"って!〙
「逞しく…ですか?」
〘俺そんなんばっか聞いてたから、てっきり性根のちっさい大男かと思ってたんすよ〜?〙
「どんな人ですかそれ…ふふっ…」
〘でも実際会ってみたら…〙
「?」
まじまじと見つめてくる彼に、少し息が詰まる。
不快な訳ではないけれど…こうも見つめられるのは初めてで、つい視線を彷徨わせてしまった。
〘すっげぇ美人さんで!まぁ…細いっすけど、弱そうには見えないっすよね!〙
「そ、そうですか?」
〘百合様に似られたんですねぇ…ほんと見たとき震えたっす。こう…目の動かし方?っつーのかな?〙
「………。」
母上に、似ている…?
俺が…母上に?
思わず彼を見つめ返せば、変わらず笑顔で居る。
初めてそんな事を言われた…
〘ぁ…もしかして、不味い事言っちまいました?〙
「……いえ、ちょっと驚いて…」
〘俺が緊張してただけかもっすよ?なので…その…あー…〙
「ふふふっ、大丈夫です…初めて言われたので、戸惑ってしまっただけですよ。」
〘…そっすか?なら良かったっす!〙
俺の気分を害したと思ったのだろう、否定すれば眉を顰めていた顔は明るくなった。
顔に出てしまう人なのか…
でもその分、色んな表情を見られてちょっと楽しい。
なる程…相良さんが言っていた"俺にとって新しい人種"とはこの事か。
確かに珍しいかもしれないな…
「ふふふっ…」
〘………。〙
「?何か顔に付いてます?」
〘ぁいや!何だろ…〙
「?」
〘……綺麗に笑うなって、思って………〙
「………。」
〘うわー俺何言ってんだろ!忘れてください!!〙
「…ふふっ、あははは!」
〘ぅー…〙
本当に面白い人だ。
相良さんが戻って来たら、今後も彼を連れてきて貰うよう頼もうかな…
こうして他の従者と喋る機会も今迄無かったし、外からの人がぱったり来なくなってしまった分…彼から何か得られる刺激もありそうだ。
明日なら、相良さんは戻って来るだろうか…?
そもそも…今日の不在理由はあまり聞いてないし、そういえばあの人の姿も見ていない。
《どうかしました?》
「ううん、何も無いよ。」
明日…うん、明日になったら会える筈だ。
ほんの少しだけ…胸騒ぎがするけれど、きっと大丈夫。
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