アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
130
-
氏原side‥
とりあえず完走すればいいや、くらいの甘い考えは
どこかに消えていた。
はじめは変わり過ぎていてわからなかったけど、
康明から目を離さないその横顔にピンときた。
「頑張ろうね、渡辺さん。」
他の人からは決して気付かれぬよう、彼女を見る瞳から
渾身の殺気を放つ。
綺麗に描かれた並行眉がピクリと動く。
2人の間に稲妻が走った事なんて、僕ら以外の誰一人として気が付くことはないだろう。
めでたく決勝進出を決めた康明に群がる生徒や沸き起こる歓声なんて耳にも入らない。
勝手に言っとけって感じ。
昔から、何でも器用にこなす妹とは違って
何でも必死に練習しないと出来なかった僕。
そんな僕が、可能な限り避けてき続けたもの。
それが運動だ。
啖呵を切ったはいいものの、僕の運動神経の無さは筋金入りだ。
学生時代のマラソン大会はナルと揃って全校生徒から応援を受けるタイプだった。
けど、あれからもう何年もたっている。
多少もしかしたら体力だってパワーアップしてるかもしれないし。
それに何より
あんな、康明のかっこいい姿を見たんだ。
僕が頑張れないわけがない。
しっかりと手足をほぐしつつ、スタート位置へ向かう。
勢いよく放たれたピストルに、ザッと砂を蹴り走り出した。
トラックを一周したあたりから、生徒たちとの差は広がりだす。
そんな中で僕ともう一人、他の走者たちから離れていく女の子がいた。
「…う、氏原ちゃんおそ……も、っと本気で…走りなよね……はぁ…」
「……はぁ?…な、にいってんの…?ハァ…
僕…体力温存型だ、から……っ」
ほんの200mだ。
1000mのうちの200mを走っただけで、この途絶え途絶えの会話。
僕の中で、消えかけた希望が再び見えてきた。
どうやら、渡辺さんもなかなかの運動音痴みたい。
既に大きく間を広げられた先頭グループとは、半周以上の差がついている。
ここで心に誓うのは、ビリにだけはならない、と言う事。
渡辺さんに負ける…すなわちそれは、最下位であることを表す。
何とかそれを阻止するために、荒れた呼吸を正す事も諦めながら、無我夢中で走った。
そんな時
「おー、頑張れよー。」
競技を終えたらしい康明の声が頭に響く。
高跳びの行われていたフィールドを見ると、すでに片付けが始まっていた。
康明、どうだったんだろう…。
背面跳び、またやったのかなぁ
うまく酸素のまわらない頭で、ボーっとそんな事を考えていると、僕より少し後ろにいた渡辺さんが、あろうことか僕より前に躍り出てきた。
「?!」
「た、高木っちの応援いただき~!」
「……なっ!!」
そこから猛烈にスピードを上げた僕らは、応援を受けたのは僕だウチだと騒ぎながら、先頭グループと暫く並んで走り続けるという奇跡を起こした。
…もちろん1周遅れで。
先頭チームのゴールのピストルと共に、僕ら2人のラスト1周を知らせる鐘が鳴る。
正直もうヘロヘロで、筋肉が痙攣し始めてきている。
頭痛も、吐き気も。
それだけじゃない。
全身から冷たい汗が噴き出て
急激に血の気が失せるような気持ち悪い感覚が身体中を駆け巡る。
そういえば、焦点も合っていない。
さっきまで並んで走っていた渡辺さんはどこに行ったんだろうか?
僕の後ろ?それとも先に行っちゃった?
わからない。
こんな狭い視界じゃわからない…。
鉛のように重苦しい脚は、僕の身体をフラフラになりながら支える。
寝不足疲れの身体に、間昼間の太陽が照りつける猛暑日。
いくら通気性の良い服装をしていたって
身体に熱は溜まっていく。
あー、これ熱中症かもなぁ…。
残り半周だとアナウンスの声が遠くで聞こえる。
あと少し。
もう少し。
ちゃんと走って、康明に誉めてもらって
お昼休憩には早起きして作ったお弁当を
康明と一緒に食べて――――………。
ようやく見えてきたゴールの手前
そこで僕の視界は真っ黒になった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
131 / 448