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氏原side‥
康明は深く息をつくと、テレビに目をやったまま
話し出した。
番組は相変わらずサックスを吹く女子生徒を画面に置き、幸音とは違う、直接的で頭に響くような音色を放送した。
ああ、僕はやっぱり幸音の吹く、柔らかくて
彼女の名前の通り幸せを運んでくるような音が好きだったなあと、脳内で随分記憶の薄くなった幸音の音色を思い出す。
「俺が音楽始めたきっかけになったのがその先輩なんだけどさ、中学から帰ってる途中で
公園からめちゃめちゃ綺麗な音が聞こえたんだよ。
そこにいたのが先輩で。
そっから先輩の持ってた楽器を調べて、
途中からだったけど吹奏楽部に入部届け出してさ。」
懐かしそうに話している康明の顔を見るたび、
同じ話を楽しそうに僕にしてくれた幸音を思い出した。
”音符も読めないくせに、今日から俺も吹奏楽部だから!って張り切っちゃって。サックス見せつけられて思わず
笑っちゃったよ~!”
”今日ね、やす君が全音階マスターしたんだよっ!”
”最近ちゃんとおなか使ってるから音がすごくよくなってね?”
なんだかんだ文句を言いながらも、自分の音を好きだと言ってくれた彼が可愛かったらしく、基礎から応用まで
ルーズリーフに練習法をまとめたりして”やすくん”を
誰よりも熱心に指導して、応援していたのをよく知っている。
そして彼もまた、格安で貸してくれるというスタジオを幸音に教えてもらい、学校が早く終わった日はいつもそこで練習をしていたそうだ。
「でさ、先輩が中3の夏に
付き合うことになった。」
うん、知ってる。
それを一番に報告してくれたのが、
あの時すごく嬉しかったから。
いつまでも幸音にべったりの僕とは違って、幸音は彼氏と共に時間を使うようになった。
もともと教えるだ何だで幸音と彼はよく一緒にいたみたいだけど、それでも親が仕事で忙しい時、僕が寂しさを感じなかったのは幸音のお蔭だったんだと改めて実感した時期でもあった。
でも、寂しい寂しいだけじゃなく
幸音のきらきら光る笑顔を見ていると僕も幸せになれた気がして
毎日寝る前に聞く”やすくん”の惚気話を聞くのは嫌いじゃなかった。
幸音のことを一番に思っている僕だったから。
だから、その幸せが長く続かなかったことも
知ってる。
僕が知りたいのは、付き合い始めたその先だった。
ザワザワと胸が騒ぐのを必死に押し隠して
可能な限りの笑みを浮かべた。
それが自然に出来ているかはわからない。
康明の徐々に陰っていく顔を見つめながら、悪寒と緊張感で胸が苦しく締め付けられる。
この先の末路を知っていて、何も知らない様に繕うのは、昔どんなに演技を誉められた僕であっても苦しかった。
自分だって苦しいのに、それを康明に言わせようとしている
なんて最低な行為なんだろうと、それが更に僕を苦しめた。
無意識に、数ヶ月前まで毎晩のように傷を付けていた
自分の腕に爪を立てる。
ギチギチと食い込むそれは、周りを赤く変色させながら
自分自身の余裕の無さをこれでもかと言う程現していた。
自分と彼だけは永遠に許すことはないと誓ったあの日から7年。
この世で一番恨んでいたであろう人物に、こうして
恋い焦がれてしまうなんて
誰が想像しただろうか。
僕の妹をどうしてあんなに苦しめたのか。
それを知ったところで、僕が康明を嫌いになることなんて今更もう出来っこないだろうけど
苦しさに耐えながらも耳を傾ける理由は一つ。
兄としても、一人の人間としても
もっと深くまで、康明を知りたかった。
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