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大会の迫る7月のはじめ、俺は先輩に伝えたいことがあった。
最近はやっぱり受験生は忙しいらしくて、なかなか先輩はあってくれず、仕方なく一人でスタジオに入りながらじーさんと話したり、煮詰まってしまってどうしようもない時は友人の誘いに乗ってカラオケにも足を運んだ。
そいつらは不自然なほど嬉しがってやっぱり高木はこうでなくちゃとか言ってたけど俺はあまり楽しくなかった。
こんなことをしてるくらいならスタジオで練習しておけばよかったと思った。
先輩に聞かせたとき今度は褒めてくれるだろうか。
そう考えながら曲の練習をしたほうが、カラオケで特に
うまくもない歌をみんなの前で晒すより楽しいに決まってる。
そういえば、先輩とカラオケに行ったこととかないな。
いつも鼻歌ばっかり歌ってて、歌がうまいんだろうなとは思うけど実際にちゃんと歌っているところを見たことはなかった。
今度誘ってみようかな。
その時はご飯も食べて、先輩が行きたいところがあるならついていきたいとも思う。
どうせ楽器博物館とかオーケストラのコンサートとかそういう類のものだってわかってるけど
それでもどんなところでも先輩といると楽しめるように思えるんだ。
そう。
俺は気づいた。
ただの先輩としてみてるなら、
ただの師として尊敬しているなら、
こんな気持ちにはならない。
受験生ともなれば予定も合わず、最後に会った日からは2か月近く経っていた。
その間、寂しくて、でも先輩に褒めてほしくて、
笑顔の先輩が見たくて必死に練習をした。
終わる時間が遅いと言っていたけど、暗い夜道を歩かせるのは心配でやっぱり高校まで見に行ってしまう日も多かった。
スタジオにいれば、もしかしたら先輩に会えるんじゃないかと思って何度も何度も練習という言い訳で出向いては先輩を待ったりもした。
誰かに対してこんな風に思うのは初めてだった。
俺は、先輩が好きだ。
そこで、話を冒頭に戻すのだが、伝えたいことというのは別に告白とかじゃない。
まあその、前置きみたいなもん。
伝えるチャンスを掴めなかったのなら、それは自分の力不足で
先輩の隣に立つ資格なんてないのだと
それだけのことだ。
今日は久しぶりに会う約束をしていた。
場所はいつものスタジオで。
遅くなるから先に行っていてほしいと先輩から連絡がきたから、わざわざ高校まで迎えに行くことはしなかった。
もう大会まで一か月を切っている事もあり、長い部活を終えてもまだ詰めたい箇所はいくつもあって、うんうんと唸りながら楽譜と睨めっこしていると、静かに扉が開いた。
「久しぶり、やす君。調子はどう?」
「先輩…!!」
先輩はいつもと変わらない微笑みを向けてくれて、ここ最近、大会前で無意識にピリついていた自分の中の緊張感を幾分か和らげてくれた。
「外から聴こえてきたけど結構いい音出すようになったじゃない?何か心境の変化でもあった?」
やっぱり音一つで感情すら読み取れてしまうこの人は化け物なんじゃないか。
いや、言い方を変える
こんな超能力みたいに考えてること、感じてることを読まれてしまったら俺がこうして緊張している理由もすぐにばれてしまうかもしれない。
だからその前に、先輩が気付く前に言わなきゃ。
「ねー、幸音先輩。」
「んー?」
その真っ直ぐに長く、艶のある髪も
楽器を持った時の綺麗な手も
俺を虜にしたサックスの優しい音色も
好きだ。好きなんだ。だから―――
「再来週、大会なんだけどさ、先輩時間あったら見に来てよ。もしそこで、県大会上がれたら
――先輩に、告白させてほしい。」
初めて言う、先輩に対しての音楽でも勉強でもない話題。
先輩は最初何を言ってるのかわからないってぽかんとした表情だったけど、徐々に言葉の意味を理解したのかあっという間に耳や首まで真っ赤にしてその場に座り込んだ。
「……え、先輩…?」
俺が一緒にしゃがみ込むと、先輩は顔を腕で覆ってうつむいた。
「…………わ、かった…。でも、あの、も、もう私は手伝わないよ?
やす君が自分の力で頑張って?お……応援、してるから…。」
「……うん。」
「……地区戦で落ちるとか、許さないからね……?」
「……おう。」
その後、大会当日まで先輩と顔を合わせることはなく
氷のような冷たい心を溶かされていく姫
になれたかどうかはわからないけど
ただ、先輩を思って吹いたソロは審査員からも好評で
俺の引退試合は県大会で金賞をとるまで続いた。
こうして俺は初恋を実らせ、この恋は、いつまでもいつまでも続いていくものだと
ガキの俺は勝手に思い込んで浮かれていた。
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