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彼との意思疎通を図ることに心理的抵抗が無くなるまでに時間がかかったことを思い出す。
初めて一緒に暮らし始めた頃は随分となめらかに会話出来るものだから、怖くなったくらいだった。
精神疾患の影響で自己での判断が難しい人や、日常生活を送る上で発生するさまざまな局面に対して適切な判断を下すのが苦手だったり難しい人の為に非常に性能の良い人工知能を搭載していると知った時には、数十年前まではまるで考えられないほどに人工知能の分野が進化していたことに驚いたものだ。
日常生活において適切な判断をすることが難しい人が援助を求めるための福祉員も世の中には存在していることを知ってはいたのだが、個人的に契約を結んで雇い続けなければならないため大変だろうことは何となく想像がつく。
いつの日だったろうか、彼と二人きりの時にふとこんな話をした記憶がある。
「今の俺にはあまり良い記憶というものがない」と自分が唐突に切り出したのを彼は黙って聴いてくれた。そういえば、彼と出会う以前には落胆の記憶が己の中の大半を占めている気がしたのだ。
「ああいう形で傷付けられる必要性はあったのだろうかと思うようなことが多くて」
ここで少し言葉を切り、彼のほうを向くと自分は意を決して、たしか彼の手を握りながらこう言ったのだ。
「だからお前といると安心する」
言葉の通りの気持ちで面と向かってそう言えば、自然に感情が身体に現れてしまう。そうして彼の固い手を握った。その身は機械であったとしても、彼は俺のことを可哀想だと思うだろうか。俺は思っていてほしかった。
人間ではないからこそ、そう思っていてほしかった。
人であれば、まずは俺の行動に問題は無かったかを問いただしてくるだろうから。
憎しみを風化させるために心の底から尽くせる相手を、奉仕の出来る相手を手に入れることの何がいけないんだ。
俺は求めていたものを手に入れただけなのだ。
裏切らない確証のある相手を。そして一人の人間として扱ってくれる相手を。
俺を拒絶する事なく、ただ愛情を受け止めてくれる相手が欲しかった。
こうして一緒に居たかった人を手に入れることのほうが、SOSの出し方がおかしい人間なんかよりもよっぽどいいじゃないか。
「君が微笑んでいてくれる限りは、気持ちの悪い生き物でなくなれる」
そういう風に作られていると頭では理解していても、俺の発言に対して肯定的に聞いてくれているように錯覚した。
「俺は誰とも一緒に居られなかったけど、君のことは好きなんだ」
自分で思っていたよりも小さな事で、本当に悲しくて、けれども一度声に出してしまえばそれは随分とくだらない言葉だった。
誰にも届かなかった愛情を抱えて俺はそこにいる。
苦し紛れに傷痕を触っても消えないのだ。
本当に信じられるというのなら俺はもう充分なのかもしれない。
おそらくもう何も感じたくないのだろう。
落胆の伴う感情は、特に。
彼はこんな俺に怪訝な顔をするだろうか。
「俺はどうやっても正しくはなれないから、せめて好きだって言ってくれ」
これは今はもう昔の、ある日の思い出だ。
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