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ふたつの手袋
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冬が嫌いだ。
花粉で鼻がズルズルになる春もそこそこ嫌いだが、馬鹿みたいに寒い冬が一番嫌い。
朝なんか布団から出たくないし、朝夕の自転車通学後は手の感覚ほとんど無くなるし。白い息出さないように気を付けていたら、呼吸上手く出来なくて噎せちゃうし。鼻赤くなるし、髪の毛ぱさつくし。
そんな事を言っていたら、女子かって笑われるけど、冬の乾燥とか寒さって性別関係ないと思う。皆嫌でしょ。違う?俺だけ?
学校は防寒対策をしましょうって言うけど、学生に出来る防寒対策なんて知れてるじゃん。意味わかんないルールでがっちがちに縛ってさ、寒さ対策させるつもりあるのかね。
…でもまぁ、部室にストーブを置いてくださることにはありがたみを感じておりますよ。
「感謝感激」
「なにが?」
「ストーブ」
「あぁ、発明した人な。凄いよな」
そうじゃない。
左隣で丸くなっていた高島がうんうん頷くから、真意とはズレたけどそうだねと肯定した。
右隣から〝エロい話?〟と首を突っ込んでくる中橋は無視。こいつ、硬そうな顔して頭の中そればっか。中橋の発言になになにと興味を示す田中もいつも通りで、1人無関心でスマホを弄る八島もいつも通り。
この時期の部活後は、俺を含めたこの5人が完全下校ギリギリまで部室に残る。俺以外はどいつも通学片道5分程度の近所組で、俺だけ片道20分と微妙に遠い。
「今何時?」
「6時32」
「ありがと、八島」
完全下校まではまだ時間あるけど、これ以上日が暮れての帰宅は生死に関わる。…と言うことを、昨日身をもって知ったので重い腰を上げる。
今のうちに自転車すっ飛ばして帰ろう。
決心して部室の扉を開ける。
そして、閉めた。
「何?」
「雪降ってる」
「え、マジ?溶けるやつ?」
「いや、積もるやつ。既に地面白い」
高島の問いかけに淡々と答えながら、ポケットに入れているチャリキーを指先で弄る。
どうしようかな。家は山の方だし、自転車で帰るのは危険かもしれない。
「明日朝練無いし歩いて帰れば」
「えー…ダルい…」
「怪我するよかマシだろ」
まぁそれはそうなんだけど。
八島にはわからないだろうけど、徒歩と自転車じゃ外気に触れる時間にかなりの差があるんだよ。身体動かして疲れてるし、早いところ家に帰って暖まりたい。
…うん、決めた。
八島は歩けって言うけど、面倒臭いしこっそりチャリで帰ろ。
「歩きなら傘持ってく?」
「え、貸してくれんの」
「俺のじゃなくて。これ、ずっと部室にあるから使っても良くね?」
ホイと投げて寄越されたビニール傘。なんか黄ばんでるし、確かこれ
「骨折れてるよね」
「4本だけな」
「4本もだろ。致命傷だわ」
珍しく気が利くと思ったのに、中橋はどこまでいっても中橋らしい。
はぁと溜息を吐いて、壊れた傘を傘立てに戻す。
「じゃあ、ぼちぼち帰るわ」
「じゃーね」
「また明日ー」
「気を付けて」
見送られて部室を出る。温度差で余計に寒く感じるのだろうけど、ストーブさんを愛している俺は明日もまた懲りずに残るんだろうな。
ストーブあったかいし。だらけるの好きだし。なんだかんだ、あいつらと駄弁るの好きだし。
寒いのはやっぱり嫌いだけど。
ガチッ
かじかんだ手では、小さな鍵を回すのも一苦労。
「本田」
ガシャーンッ
「あっ、あー…」
倒れちゃったよ。他の自転車を巻き込まなかったのは不幸中の幸いだけど、雪がコーティングされた車体に触るなんて嫌だからね。
驚かせたお前が責任持って起こしてよ。
ていうか
「急に背後から声かけんなよ」
「は?お前の前壁だろ」
「そうだけど」
「つか、歩いて帰れって言ったよな」
「それもそうだけど」
バレたのにビビって動揺したわけだしね。責任転嫁失敗に舌を鳴らして、ダルそうに俺を見下ろす八島を見上げた。
あれ、なんか首痛い。
いつもより余分に顔持ち上げてる気がする。
「八島、背伸びた?」
「2㌢」
短く答えてから、俺の自転車を雑に起こす。丁重に扱えと文句を言ったら、ことさら乱暴にチャリキーを引き抜かれた。
ポイと投げられるそれをキャッチ。し損じて、地面に落ちた鍵を拾う。
ストラップ、アクリル製で良かった。
「帰るぞ」
「うん」
八島の隣を歩きながら、2年前からキーにつけているそれをぼうっと眺める。黒色シンプルデザインなストラップ。
八島が俺にだけ買ってきた旅行のお土産。
俺の一番の宝物。
「今更だけどさ、お前はまだ残ってて良かったんじゃない?」
「残ってても喋ること無いし」
「え、なんで?」
「…中橋が猥談始めやがったから」
あー嫌そう。
そういえば、八島は若干潔癖が入っていて、性的な話に露骨な嫌悪を示す。健全な男子高校生としてどうかと思うけど、そこはまぁ個人差がありますって話なんだろ。
笑っていると、目線にある八島の肩がぶるり震えた。
「寒い?」
「死にそう」
「あはは、大袈裟」
俺より寒さに弱い八島。将来はハワイに移住すると名言していて、大学もハワイへの留学を目指しているらしい。因みに、俺も。理由は八島とはちょっと違うけど、同じ大学を志望している。
……はぁ、俺、最高にキモい。
「八島」
「ん?」
「あげる」
チャリキーをポケットにしまって、代わりにぬるいカイロを取り出した。
知られていないとはいえ、気持ち悪い事をしているせめてもの罪滅ぼしだ。
俺も寒いけど、八島にあげる。
そう言うと、八島は少し驚いた顔をしてから、おかしそうに声をあげて笑った。
「なんだそれ、いらねーし」
「良いから黙って受け取って」
「流石に無理」
受け取れないと拒否する八島に、カイロが駄目なら手袋を貸してやろうとリュックに手を伸ばす。本当は手袋を残しておきたかったけど、罪悪感を払うにはこれくらい我慢しなければ。
自分のためにチャックを摘んだ。
直後、八島があっと声をあげた。
「え、なに?」
「良いこと思いついた」
「な…っに、して」
「こうすりゃどっちもあったかい」
カイロを手のひらに乗せて、チャックを摘まんでいた俺の右手を掴む。
間に挟んでいるから、確かにどっちも温かい。でも、けど、これは、ちょっと。
手を繋いでいるみたいじゃ。
ていうか、繋いでるんじゃ。
「あったけ」
何も知らない満足そうな八島。
あったかいですか、そりゃ良かったな。
「……超あつい」
俺は温かいこえて発火しそうだよこの野郎。
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