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付き合っている2人
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握られていた手が離された。京も前を向いて料理を食べ始める。静かな部屋には、俺の嗚咽だけがこだましていた。
食事を終える頃には、気持ちがいくらか落ち着いていた。挨拶も無しに始まった食事を、二人揃った「ごちそうさま」で締める。
「……でも、陰間茶屋を誤解するのもわかるんだ。今じゃ馴染みがないし、所謂"少年"が接待するのも本当だ」
陰間茶屋は室町時代に確立された水商売だ。"陰間"は元は歌舞伎役者の女形の修行中の少年を指していたが、それが次第に男色目的に変わっていった。
江戸末期の風俗の取り締まりでほとんどの陰間茶屋が姿を消すこととなったが、俺の家がある花街だけは取り締まりが行われる前に売春をやめており、当時の法にひっかかる全てのことを一掃していた。
以後、陰間の役割は日本各地の芸者となんら変わらないものになる。違いといえば、中身が12〜20歳までの少年から青年期であり、女物の着物を着るというだけだ。
華やかな衣装を身に纏い、夜の宴に沸く花街を一本歯の下駄で歩き宴席に向かう。舞や三味線、お琴、笛を披露し、お酌をする。
日本に残された唯一の陰間茶屋が、俺の家。
「でも、あいつは体を売ってるなんて言ったんだ」
「前はやってたよ」
「今は違う! それに100年以上前の話だろ! 腹立つ。あの男は日本の法律すら知らないってことだ」
クスリと、思わず笑みがこぼれた。京が怪訝な顔をしてこちら見ている。
「なんで笑うんだ」
「だって、京がすごくイライラしてるから」
「当たり前だろ! 好きな奴傷つけられて、当の本人は言われることは仕方ないって諦めてるなんて、俺しか怒る奴いないじゃん」
最後はふてくされたように京は言葉を切った。
沈黙。俺は太ももの上で手と手を遊ばせた。京がそう言ってくれるのは嬉しいけれど、きっと俺の中に根付く後ろめたい気持ちは変わらないんだろ、う……な……。
「え、何っ」
突然京に抱きしめられた。
あまりに突飛で目を白黒させていると、肩越しに京が呟いた。
「俺は、綴の舞が好きだ」
「……え」
「三味線も、琴も、笛も、花を生ける姿も素敵だ」
「ちょ、ど、したの」
自分を褒める言葉の羅列にかぁっと頬が熱くなる。両手で京の体をおし返そうとするが、離れない。
「だから、自分にもっと自信を持て」
「前だけ見てて。どんなことがあっても、俺が守るから」
息を吸うことすら忘れて、その時は頭も真っ白になって、俺は黙っていた。
京の体が離れると、京は確かな目つきで俺を見つめた。
京の顔がすぐ近くにあることに、胸が高鳴った。
京の顔が近づき、唇に軽く京のものが押しあてられる。触れるだけのそれなのに、たちまち俺の体を幸福が駆け巡った。
「元気、出た?」
「で、た……」
「よかった」
京はニコリと笑うと俺の頭を優しく撫でた。
立ち上がり、トレイを持ってドアに向かって歩いていく。
「あ……もう帰るの?」
「うん、もともと今日は、綴がちゃんと仕事の件断るのを見届けたら帰ろうと思ってたし。ちゃんと断れて偉いね」
「そうなんだ」と相槌を打とうとして、おかしなことに気がつく。
「あれ、そのとき京寝てたよね……?」
さあっと顔から血の気が引いていくの感じながら、どうにか笑みを作って聞いた。京は満面の笑みだった。
「あぁ、ごめん、ずっと起きてた」
効果音をつけるならば「ぼっ」という音を立てて、俺の顔は真っ赤に染まった。京が畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「好き……って、言ってくれたの、嬉しかった」
「はいはい! もう部屋に戻って下さい! おやすみ!」
京の背中を強引に押してドアの外に放り出すと、俺はバタンと扉を閉めてそれにもたれた。
聞かれてないと思ったのに! 寝てると思ったのに!
ということは、全部演技だったのか? どこまで起きててどこまで寝ていたのだ。もしずっと起きてたら、俺が夕食だと言って起こしたときも起きていたということで……。
ぞわりと背筋を冷たいものが走り、俺は金輪際眠ったのか眠ってないのか判別できない京の前では絶対に口を滑らすまいと誓った。
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