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「可哀想」な子供
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椿との一つ目のお座敷を終えた後は一人で残りの11件のお茶屋を回り、舞って、談笑し、お座敷ならではの遊びでお客さんを和ませた。
深夜1時にもなると流石に大通りにも人がいなくなり、お茶屋さんに遊びに来ていたお客さんやそれを見送る芸者しか外を歩いていない。
キャッキャと楽しそうな一団を横目に歩き、夜の街が閉じていくのを感じた。
籠と褄、そして厚意の贈り物が入った紙袋を持ってぼーっと歩いていると、目の前に見知った顔があった。
その人も俺に気がついたようで、大きく手を振ってくれる。俺はその人に向かって小走りで近づいた。
「伊佐美様!」
「やぁ、柊君。元気にしてた?」
「それはもちろん!」
そう言うと、伊佐美様はちょんっと俺の額を弾いた。
「君は笑顔で嘘をつくね。それじゃあこの間のお休みはなんだったんだい?」
悪戯っ子のように首を傾げられ、俺は何も言えずに唸った。
伊佐美様は20代にして上場企業の出世街道をひた走るエリートだ。
金扇屋には、そこの上司に紹介されて遊びに来るようになった。
年がそう離れていないのもあるが、この人の話は難しくなくて面白い。
経営の話や政治の話は滅多にせず、代わりに出張で見た街の話や景色の話をよくしてくれる。外に出ることのない俺たちにはとても興味深い話題だ。
「柊君が戻ると聞いてさっそく予約を入れようと思ったんだけど、一歩出遅れたみたいだ。2日しかいないんだもの、そりゃあ取り合いになるよね」
「えっ、ごめんなさい。伊佐美様は僕のお得意様なのに……。お父さんに、次は伊佐美様をと言っておきます!」
「はは、ありがたいね。君の舞をまた見たいよ。あと、こんな暗いところじゃなく、次は明るいところで会いたいな」
「僕もです……お土産、待ってますからね?」
「そんなにもらってるのにまだ欲しいのか?」
伊佐美様が俺の紙袋を指した。
「この中に伊佐美様のものはありません。伊佐美様のが欲しいんです」
「なるほど、君は上手いね。わかった、何か用意しておくよ。それじゃあ、またね」
「はい、お気をつけて」
伊佐美様は俺の頭を撫でて歩いていった。
その姿が遠くなるまでその場に立ち尽くし、そしてから歩き始めた。
伊佐美様は好きなお客さんだ。何より、下世話な話を一切してこないから良い。
お客さんによっては、彼氏はいるのか彼女はいるのか、お酒が入ると水揚げの話なんかもされて、まだ性知識の乏しい陰間はとくに困ってしまう。
だから、あの人が来るお座敷は楽しい。
夜だけの、僅かな逢瀬。いつ来るかもわからぬ愛し人との時間を想う遊女の気持ちがほんの少し垣間見えた気がする。
これを京に言ったら怒られそうだなと、俺はクスリと笑った。
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