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「可哀想」な子供
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翌朝居間に上がると上3人の兄様を除き全員が朝食をとっていた。昨日は遅起きにもほどがあった寛太がご飯を食べていて、鶫から「朝食も寛太が作りました」と言われた時は目玉が飛び出るかと思った。
今日は昼食を両親ととる予定だ。だから、稽古が終わったらそのまま待ち合わせの喫茶店に向かわなくてはならない。
今日も鶫に一緒に帰ろうと誘われた俺は、拗ねられるのを覚悟でやんわりと断った。
喫茶店は、幼い時からよく遊びに行った行きつけのお店だった。
稽古で怒られ家に帰りたくない時や、ほかの陰間と喧嘩したときはこの喫茶店に逃げ込んだのだ。優しい店主に何度も慰められたのが良い思い出だ。
店に入るとチリンと鈴が鳴った。店主が笑顔でお辞儀をし、手だけで奥へ案内してくれる。
両親は既に到着していたようだった。髪を一つに結い上げ品の良い着物を着た母と、同じく着物を着た父が座っている。
「遅くなってごめんなさい」
「いいのよ、お稽古ですものね」
母は笑って許し、父も頷いた。
「はぁ、私、もうあなたの顔をこの目で見るまで気が気じゃなかったわ。倒れただなんて、また入院やら何やらという事態になったらと心配で心配で……」
「でも元気そうでしょ?」
母はこくりと頷いた。俺はそれを見て笑う。昔は大きく見えた母が、今はなんだか可愛らしいと思う。
「学校ではどうなんだ? 勉強についていけているのか?」
父が腕を組んで聞いてきた。俺は目の前に差し出された紅茶を一口飲んでから答える。
「大丈夫。京がいるから、わかんないところは教えてもらったりしてて……」
「京君も元気なんだね?」
「とっても元気だよ」
「そうなのね。京君にも久しぶりに会いたいわ。そうだ、今年の夏はどこに行きましょうかね」
母は両手を合わせてにこやかに言った。その目には既に、夏のバカンスが映し出されているのだろう。
「海外は準備が面倒だからな」
「あら、使用人に任せれば一日もかかりませんよ」
「君は持ち物が多いから……」
父は呆れたように母を見る。
「それなら国内にしましょう。柊はどこか行きたいところはないの?」
「僕は……」
考えるも、特段行きたい場所もない。なんなら、京がいるのであれば俺は砂漠のど真ん中でもジャングルの秘境でも、都内の雑踏の中でもよかった。
「五十山家に相談しなくていいの?」
そう問うと、母はきょとんとしてから「それもそうね」と言った。
「涼しいところならいいわ。水の音が聞こえて、森の中で、みんなでゆっくり過ごせれば……」
うっとりとする母は、毎年のこの休暇を楽しみにしている。俺の母と京の母は大親友で、この時期特に張り切るのだ。
それから少しの間雑談をして、俺は両親と別れた。
父も母も、この花街では珍しいくらい俺に良くしてくれる。
体が弱いせいもあるのかもしれないが、それでも高校に通わせてくれて、稽古も続けさせてくれるなんて……。
花街に生まれた子供とその親の関係は親子なんて甘いものではない。
自我が芽生える前から他人で、将来家を継ぐ人間としての扱いを受ける。親の言うことには逆らえないし、自分の要求が通らないことが当たり前なのだ。
それが、二人は俺を子供として扱い愛情深く育ててくれた。それのどれだけありがたいことか。
わかっているからこそ、俺は自分の未来を思うたびに胸が締め付けられた。
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