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パウダールームで手を洗い、ドアを開けるとそこに星(あかり)が下を向いて立っていた。
「……星(あかり)」
呼んだらパッと顔を上げ、途端に瞳を輝かせた。……可愛い…。
「あ!あっくん……終わった?」
少しホッとした表情で俺を見上げて尋ねてきた。
最近、星(あかり)はよく俺の顔を見上げてくる。大きな瞳が、うん…可愛い…。
まぁ背の高さが逆転しちゃったからなんだけど……
「ん。…………千秋は」
「向こうでフラペチーノ飲んでるよ…
……てゆうかさ……」
星(あかり)が千秋が座ってる席の方向を指した。こちら側からは千秋の背中しか見えない。どんな表情で座ってるかは分からなかった。
星(あかり)は少し声を落として話してきた。
「…………あっくんさ、あのコとさっき何かあった?
トイレから戻ってから、微妙に元気ないんだけど……………ケンカとかした?」
元気ない……?
…ま……
…あんなことすれば普通、『元気』じゃいられないか……
「……何も」
得意のポーカーフェイスでとぼけた。
星(あかり)は少しの間俺の顔を覗き込むように見てたけど、そのうちわずかに寄せた眉根をゆるめ、ふうっとため息をついた。
「そっか………じゃ、思い過ごしかな。
…あ。それとさ、千秋、タンブラー買った。
水族館も一緒に行くって」
「へえ、そうなんだ?」
…千秋、って、……名前呼び確定なんだ…
自分も千秋を千秋って呼ぶくせに、星(あかり)が呼ぶのはなんかもやっとする。
胸の奥がシクンと何か言ってきた。
ああ、分かってるからおとなしくしてて…
ていうか水族館、一緒に来るんだ……
てっきり、帰ると思ってた…。
意外な気はしたけど、千秋は上下関係、意外と大事にするタイプだ。
星(あかり)からのお誘いだし、無下にするわけないか。
それにもしかしたらチャンスかもしれないし。
え、何のチャンスかって…?
さっき千秋は、俺が中学のときにも星(あかり)の修学旅行について行ったことを知ってるとか言ってたでしょ…
………『何か』、知ってそうだよね。
それを聞き出せるかもしれない。
星(あかり)を先に歩かせ、千秋が待ってる席の方まで戻った。
片方の耳を手で隠すようにしてテーブルに肘をつき、フラペチーノのトールサイズを飲んでた千秋は、俺の顔を見てさっと目をそらした。
隠してるのは俺がさっき、食んだ耳。
一瞬で視線を逸らしたわりに、紅潮した頬。
…うわ。千秋………
俺を意識してンの、バレバレだろ……
チラリと隣に座る星(あかり)を見ると、普通にフラペチーノの残りを飲んでた。
俺の視線にすぐ気付いた星(あかり)は向日葵みたいにふわりと笑った。可愛い…
「千秋が飲み終わったら行こ?」
星(あかり)がそう言いながら、最後の一口をストローで飲んだ。
千秋がまだあと2/3くらい残ってるのを頑張って飲んでいたけど、恐縮した様子で
「…遅くてすいません…」
「や、全然。ゆっくり飲んでいーから」
謝るのを、ニコッと笑って星(あかり)はなだめた。
それから少しの間、沈黙が続いた。
星(あかり)は、千秋が俺を意識してることには触れてこない。
気付いてないのか、気付かないふりしてるのか、それともさっき、俺が何もなかったと言ったからそれを普通に信じてるのか……
「千秋、タンブラーどれ買った…?見ていい?」
「あー……うん。いーよ」
俺は意識の方向を千秋に向けた。
千秋はフラペチーノのプラカップを持っていた手で紙袋に入ったタンブラーの箱を渡してきた。
氷で冷えたプラカップの、周りに付着した水滴で濡れた指先が、タンブラーの箱を受け取るときに俺の手にヒヤリと触れた。
一瞬、心臓が跳ねてどきりとした。
……温度のない感触が、星(あかり)の指先みたいだったから…
箱の表面の写真は俺が薦めたタンブラーで、千秋を見るとパッとまた顔をそらした。
…千秋め……
さっきのが相当効いてるな。確信した。
千秋が俺を見てるのに気が付いたのは、俺らが小学校6年のときだった。
ちょうど、星(あかり)が迎えに来るようになった頃。
星(あかり)が迎えに来ると、俺はどんなときでも、千秋と遊んでてもすっ飛んで行った。
千秋の方が先に星(あかり)に気付いて、俺に声をかけてくれることも多かった。
俺が星(あかり)の方へ行き、振り返って手を振るたびに千秋はまた明日な、って言ってた。
いつも明るい千秋がそのときだけは、顔は笑ってるのに、瞳の奥に光を感じなかった。
千秋はいつも好意を示してくれてた。
今考えるとすごいなと思うけど、当時は当たり前ぐらいの感覚だったな……
教室でも『梓、好きだ…!』とか言ってハグしてくるのは日常茶飯事だったし、たまに話し掛けてくる女の子たちに笑いながら『俺の梓に手ぇ出すなよ』とか言ってたりするのも、だいたいいつものことだった。
だけど学校が終わる頃、星(あかり)が俺を迎えにくると、まるで子犬をペットホテルに預けるときみたいな顔して俺を見送るわけ…。
当時、俺は花江くんって呼んでたけど、千秋は最初から俺のこと梓、って名前呼びだった。そんなところからも相当、俺のことが好きなんだな〜なんて軽い気持ちで思っていた…、そんなある日だった。
千秋が告白されてるのを、見た。
千秋って実は割とイケメンで、快活で気遣いができて、人の面倒見がいい。弟がいるからかもしれないな。
あー、成績は中ぐらいだけどそんなに悪くもない。背は低めだったけど体育はぶっちぎりだったし。
だから千秋の素顔を知る女の子たちには、陰で密かに人気があった。それは知ってた。
そう、あれは雨続きの梅雨の時期だった。
5時限めが終わり、離れの校舎にある図工室からみんなでわらわらと教室に戻っていくときに、クラスで人気があった女の子に呼び止められてた。
『花江くん、ちょっと…』
『え?あ、なぁに?』
俺も何気に千秋と一緒にそっちへ行こうとすると、女の子が、……あ、名前忘れた……、
『大橋くんは呼んでない。花江くんだけ』
って言う。俺は、じゃあまた明日ねって千秋にバイバイすると、先に教室に帰った。
そろそろ星(あかり)が迎えに来る時間だったし、むしろ好都合というやつだった。
すぐに支度して下足箱に向かったけど、星(あかり)はもう迎えに来てた。
「あっくん」
「星(あかり)…!」
顔を上げて、ひらひらと手を振ってくる星(あかり)。
気持ちが一気に弾んだ。
外は雨が降ってて、星(あかり)が持ってた大きめの傘に2人で入っての帰りしな、離れ校舎の図工室前を通ってたら女の子と会話する千秋の声が聞こえてきた。
『……教えてよ。花江くん、本当は誰が好きなの』
『…俺がいつも一緒にいる子。その子が好き』
『えー。そんな子いる?誰よ。教えて』
『だから、いつも一緒にいる子だって。
分かんない?……まぁ、分かんないか。
分かんなくてイイよ。
俺はその子のことが本当に好き。付き合えないけど、好き。
……だからさ、あきらめてくんない?』
『えー。じゃあ応援するから、その子が嫌いになったらわたしと付き合って?』
千秋が笑う声が聞こえた。
『あはは!!
まぁ…多分、一生嫌いになんないと思うけど、イイよ』
『花江くんといつも一緒にいる子か〜……
大橋くんしか思いつかないや…』
『そう?あははっ…。ま、分かんなくていいって』
『えー…』
……千秋がいつも一緒にいる子、
……………、
……、………
……どう考えても俺じゃね…?
翌日、千秋に彼女と付き合うのか聞いてみた。すると
『何言ってンの…?梓?
あー……俺のこと取られるとか思ったの?』
かーわい、
とか笑ってぎゅっとハグしてきた。
『………俺が好きなのは梓だけだよ…?』
『そうか、一回殴っていい?』
『なんで!?!?』
軽く殴るフリして避けてもらって……ってふざけあったけど、このとき俺は、千秋の声に微妙な変化を感じたんだよね……
なんて言うか……
本当に伝えたいことを伝えられない、もどかしくて、切なくて、相手に知って受け入れてほしい…強い気持ち…
…俺がいつも星(あかり)に対して感じてるような感情……が混じってるように思った。
それからはそんな声色を聞くことが増え、千秋の視線が時折、とても熱っぽくなってきて……
高校は、俺が奨めた芸能関連の学科がある高校に行った。
夏休み明けてすぐに、ミュージカル俳優になりたい…っていう千秋の夢を聞いた俺は、星(あかり)以外の友だちから相談を受けたのがうれしくてついノリノリで奨めたんだよね。
冬休みに入る少し前、推薦で合格した時は2人でお祝いした。
偶然なのかどうなのか、ここのスタ◯だった………
よく考えたら千秋って、いつも俺がすすめるものを選んでる。
高校の進学先も、
タンブラーも……
女の子にはモテるのに全く付き合わないし、なのに俺にはまるで口癖みたいに好きだ、好きだ、って……
さっきの出来事を思い出した。
え。待って…
もしかしてさっきの、……千秋、わりと本気出して、全力で俺に告白してきたんじゃ……
……普通に返り討ちにしちゃった……
どうしよ…
「………っくん。ね、あっくん…?
どうした…?冷えてお腹痛くなった?」
ハッ…
隣に座ってる星(あかり)が心配そうに覗き込んでた。
前を見ると千秋も不安げに俺の顔を見てる。
あ…そうか…まだスタ◯だった。水族館行かなきゃ。
「あ、んーん、何でもないよ。
………千秋、飲んだ?もう行ける?」
「行ける」
「じゃ、出よっか」
トレーを片付けるために席を立ちながら、何事もなかったみたいに2人にそう言って声をかけた。
ヒトの体温を持たない星(あかり)と普通のヒトの温度を保つ千秋の顔色の差が、スタ◯のオレンジの照明の下ではいやに強調され、俺は2人の顔を見てられずにいた。
地上からエスカレーターに乗り、水族館の受付で千秋の分だけ当日券を買った。
「ハイ」
チケットを渡すと千秋はえっ、という顔をして俺を見た。
「いいから。……さっきは俺も悪かった。
ホラ!早く。星(あかり)にバレるだろ。
自分で買ったことにしとけよ?
てか黙ってれ」
「ありがとう」
エントランスまで2人で戻ると、星(あかり)はゲートの横に立って、水族館の内部を覗き込むようにして見ていた。誰かを必死に探しているみたいな、……、なんだろう、濃いまつげに縁取られた大きな瞳が不安げに揺れてる。
「星(あかり)?」
声をかけると星(あかり)はハッとしたように振り返り、俺の顔を見るとパッと瞳を輝かせ
「あっくん……!よかった。どこ行ってた…?ごめんね、俺ちょっと見てなくて、はぐれたのかと思っ」
た、と言いながらもう手を繋いできた。可愛い………本当に、この人は………
「千秋とチケット買ってくる、って言ったでしょ?」
「………あっ。そうだっけ…」
「ん」
人混みと喧騒でよく聞こえてなかったらしい。
そっと手を繋ぎ返すとぎゅ、ぎゅっと2回、にぎにぎしてきた。少し低めで冷んやり気持ちいい、いつもの星(あかり)の体温………俺が好きな体温だった。
---
(続く)
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