アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
34 稲見先生side 不安と嫉妬
-
『え、好きですけど…?逆に先生は俺のこと嫌いなんですか?』
求めていた言葉のはずなのに、複雑な気持ちだ。
恐らくだが、穂中は友達から恋人までの好意の境目が分かっていない。
好きと思ったら好きだし、甘えたいと思ったら甘えるのだろう。
だから友達にも平気で抱き着きじゃれつく。
そして無駄に距離が近い。
俺の事だって、『彼女を作る為に仲良くしている先生』ぐらいにしか思ってないのだろう。
そんな有り得ない嘘を信じると思えなかったけれど、本人は何故か納得している。
その素直さが俺には理解し難くて、穂中の考えていることが全く分からない。
それなら相手は誰でもいいってことなのか。
甘やかしてくれるのなら友達でも、他の先生でも構わないという事じゃないのか。
穂中の相手が俺である必要性は、悔しいことにない。
そう思えばいつ俺の傍から離れていくのか、行き場のない恐ろしさが俺を襲う。
中途半端に手に入れてしまった分、手放すのが酷く怖かった。
「稲見先生?」
「――あ、あぁ、なんだ斉藤か」
集団宿泊も無事に終わり数日経つ頃、今は職員室の給湯室でコーヒーを注いでいた。
俺がぼーっとしていたのが見えたのか、気になった斉藤が話しかけてくる。
「なんだとは何ですか。穂中くんと上手くいかなかったからって八つ当たりは遠慮して下さいね」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「…あらあら、その様子だと気持ちのすれ違いでしょうか。穂中くんのお友達に嫉妬しているようにも見えますね」
ふふ、と微笑む斉藤は悪魔のようにも思える。
いつどこでどうやってその情報を仕入れたのか知らないが、斉藤は俺が穂中を好いていることを知っている。
おまけに今みたいに謎に察しがいい。
穂中に手を出した日には「まぁまぁ」とか言って頬を赤らめていた記憶がある。
監視カメラでも付けられてるのかと疑った事もあったが、単にそういう特技らしい。
はぁ、と溜め息をつきながら斉藤にも同じブラックを注いで手渡す。
ありがとうございます、と受け取られるとにこりと微笑んだ。
斉藤の外見からは想像できないかもしれないが、飲み物はいつもブラックだし、イラついている時は刺激物のタブレットをバリバリ噛んでいる。
それなのにいつも笑顔を浮かべているものだから普通に見ていて怖い。
「嫉妬して悪いかよ。お前も必要以上に仲良くすんな」
「独占欲丸出しですね。私が穂中くんと特別一番仲がいいからって――ちょっと先生どこに行かれるんですか?」
「数学教室。斉藤が煩いから移動する」
「全く失礼な人ですね。今度相談したい事があっても乗ってあげませんからねっ」
つーんとした表情で拗ねたように自身のデスクに戻る斉藤。
何か勘違いをしているようだが、俺はお前に相談した事は一度もない。
勝手に話を嗅ぎつけてちょっかいを出してくるだけだ。
先程注いだコーヒーを手に持ち移動する。
溜め息をつきながら職員室の扉に手を掛けると、俺が引く前に勝手に扉が開いた。
「うわっ、びっくりした。稲見先生ですか…」
びくっと体を大きく揺らしながら現れたのはさっきまで話題にしていた穂中だった。
相変わらず小さくて可愛い姿に思わず笑みが零れた。
しかしそれにしても人に対してうわ、とは何だ。
とりあえず職員室の外に出るよう促し、廊下で話すことにする。
くりくりした丸い瞳が動くと、俺の手元に視線を止めた。
「苦いやつですか、これ?」
「そう無糖のブラック。美味しいよ、飲んでみる?」
そう言うと穂中は興味津々といった様子でこくりと頷いた。
口元にカップを運んでやると、小さな口でちびちびと飲んでいく。
ごくん、と喉が上下したかと思うと穂中の眉間にシワが寄った。
「……にが」
「ふっ、まだ穂中には早かったか」
「よくこんなの飲めますね…」
べーっと舌を出しながら渋い顔をする姿に、目を細めて薄く微笑む。
どうしてこうもコイツは俺を欲情させるのだろうか。
仕草一つ一つが可愛くて堪らなく愛おしい。
頭を撫でてやると心地良さそうな表情で俺に笑顔を向けてくれる。
本当に可愛すぎるだろ。
「…あ、そうだった。斉藤先生っていますか?」
「斉藤?中にいるよ、呼ぼうか」
思い出したように話す穂中の口から他の人の名前が出てきて気に食わない。
前から思っていたが、斉藤と穂中はどうしてこうも仲がいいのだろうか。
部活動が同じだからというのは分かる、けれどそれ以上に何かあるような…
少々イラつきながらも斉藤に声をかけると、にこにこと微笑みながらこちらへと近づいて来た。
「どうしたの穂中くん?」
「この間借りてたペンを返しに来ました。あと、それとですね…」
ずいっと斉藤に胸ポケットから取り出したペンを渡すと、何やらチラチラと俺の方を見ながら俯く。
そして斉藤の手を掴むとそのまま引っ張って俺から離れ、二人は俺に背を向けて小声で話し始める。
そんなに俺に聞かれたくないことなのか。
斉藤と二人だけで何かを共有していると思うと腹が立つ。
軽い嫉妬心が芽生えながらも手に持っていたコーヒーを飲んで心を落ち着かせた。
しばらくすると話を終えたようで、穂中は手を振りながら帰っていく。
穂中の顔がどことなく照れたようにも見えたが、一体何を話していたのだろうか。
個人的な事かもしれないが、そう隠されると気になるものだ。
様子を伺うように斉藤を横目で見ると、いつもの微笑みで返された。
「今度調理部の活動でマカロンを作ることになっているんですよね」
「へぇ、そんな物まで作るんだな」
「とても甘くて美味しいですよね。稲見先生は食べたことありますか?」
「ない…と思うけど、甘い物はあまり好きじゃない。食えないわけじゃないけどな」
「…それはそれは、残念ですね。やっぱり穂中くんには私が適任のようです」
ふふ、と味をしめたような顔で笑う斉藤の姿に俺は疑問を浮かべる。
今はマカロンの話をしていたんじゃなかったのか、何故急に穂中の話になる。
それに適任とは何の話だ。
相変わらず読めない斉藤に、首を傾げながら俺は数学教室へと向かった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
34 / 67