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付き合っていた頃から、やれお人好しだの、やれ節操なしだのと散々な事をサチに言われていた僕だが
当時はそれが自分の強みなのだと思い込んでいた。
その場限りの幸せを提供するホスト。
キャラクター、口調や声のトーンまでをも変幻自在に操るサチがトップに上り詰めたのは、なるべくしてなったものだと理解はしている。
だが、僕は僕のやり方で。
客としてではなく、人として真摯に向き合う事こそが、人を放っておくことのできない自分が出来る事なのではないかと。
サチの居なくなった店で、僕は着実にナンバーを上げていった。
優男がどうの、なんていう謳い文句も付けられた気がする。
不動のNo. 1を失って数ヶ月が経ったある雨の日、涙を流してフラついた女性が店になだれ込んできた。
たまたま入り口付近を歩いていた僕が彼女を支え、彼女は目も合わせずに“アナタを指名するわ”と言った。
はじめは気が付かなかったが、その子は以前サチを指名してこの店に来ていた、所謂常連客だったのだ。
彼には随分入れ込んでおり、高い酒やタワーを他の客に見せつけるように幾度となく注文していた。この世界にどっぷりと浸かり込んでいるのがわかる、心配になる程派手な振る舞いで。
「君は…サチを指名してた、確か──。」
「ゆうり。…あなたルナ君でしょ。覚えてたのね、私の事。」
優里と名乗った女性は、自身を落ち着けるように胸に手を当て深呼吸をすると
頬まで伸びた黒い涙を、渡したお絞りで拭う。
ふと目に入ってしまった腕の切り傷は、手首から二の腕あたりまでを赤黒く染めていて。
「サチ君はね、私の辛さをわかってくれたの。
……いつもっ、頑張ってくれてありがとうって。いっぱい、苦しいねって…ッ。サチ君も、腕…リスカ癖あって……。」
僕は、彼女の涙ながらに紡ぎ出す言葉一つ一つに、肯定も否定もせず
ただただ、頷いて頭を撫でた。
サチは自傷癖がある。
前日までは何もなかったのに突然増えるリストカットの傷や乱暴に開けられたピアスを見るのはしょっちゅうだった。
彼女が言うには、次に会う日まで切らないように頑張ろうと互いに目標を立て、苦痛に耐えて会いに行く日を楽しみにしていたと。
勿論、それでも増えてしまう傷はあったのだが。
「サチ君、辞める前に私の事すごく気にしてくれた…。頑張って、生きようねって言ってくれた嬉しかったッ。
でも私はこの世界を抜け出すことができなかったの…。」
サチの代わりを探した。
自分の痛みに気付いてくれる
わかってくれる、そんな人を探した。
案外、すぐに見つかって
新たな寄生先を見つけた彼女は、深く淀んだ恋という名の依存の海に溺れていった──。
必要と言われれば、無理に無理を重ねて仕事を入れた。大切だからこそ枕はしないと頑なに断るサチと違い、すぐに抱いてくれた。
そして、新しい命を宿した。
「さっき、店に行ったの。
そしたら…も、来るなって…関わるなって、追い出され……っ。」
それまでの努力は、彼の望まない妊娠をしてしまったがために
全てが水の泡になった。
堕ろせばまた会ってくれるの?
子宮なんて取っちゃえば、安心してそばに居てくれるのかな。
わんわんと泣き喚く彼女に、僕が言えることは。
「それも一つの命なんだよ。簡単に手放そうとしたら…ダメだ。」
“お人好し”
いつか、サチに言われた言葉が
脳の奥で僅かに響く。
(法月side-2)
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