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「忘れ物はないか?」
「はい。大丈夫です。」
「それじゃ、向かうか。」
頷く代わりにお決まりのキラキラ笑顔を振りまいて、一歩先を先導する男らしい背中。
小ぶりのキャリーケースに自身のトートバッグを乗せ、俺の普段より緩やかな速度に合わせてからから転がす。その上で逞しい肩に担がれているのは、洒落っ気のない薄汚れた黒鞄だ。
上の空で荷造りをしたがために、恐らく不要な物も多く詰め込んでいるパンパンのそれを
いとも簡単に持ち上げて一切文句を言わない法月はやはりハイスペックだ。
俺はと言うと、身長20cm増しの使い捨てマスク着用。どこからどう見ても通常運転の竹内暁人となり、唯一普段と違うといえば、そうだな…キャリーケースを杖代わりに歩いているくらいだろうか。
「本当に電車でいいんですか?一先ず僕が出しますし、タクシーを呼んだ方が…。」
「いや、それは悪いから気を遣わなくていい。」
はじめはキャリーケースすらも法月に奪われそうになったが、それを無くしてはいつか再び人より高い位置にある足首をやりそうで断った。
持ち手の長さを調節するこのボルトみたいなのが体重を支えてくれる限り、俺の身は安全を保障されている。今はそれよりも、靴を引き摺って踵が擦り切れてしまわないかの方がよほど心配でたまらない。
ほんの数センチ、数ミリの話をと思うかもしれないが、そんな僅かな差ですら自分にとっては致命的なものだ。
好きなものを何かひとつ手に入れられる魔法が使えるのなら、金より愛よりまず最初に思いつくのが身長というくらいには俺の中で重要である。
厚い底やらベルトで覆われた足で多少背伸びをしてみたりもしたが、全くの無駄な行為に思わずため息が溢れた。
さて、その一方で一見スタスタと早歩きして行ってしまいそうな法月だが、実は何度も後ろの様子を伺い速度を調整していた。
カサ増ししている俺と並んでも腰の位置が殆ど変わらない化け物のようなコイツは、きっとかなりのスローモーション歩行であるに違いない。
現に俺が負担を軽減させるようにと小股でちょこちょこ歩いている間、前を行く脚は田舎道を用もなく散歩しているみたいな呑気な足取りだ。
「あの…法月、やっぱり悪いし先に行ってくれて構わんぞ。時間内には間に合うように動くから…。」
今朝とは違い、どちらかといえば見下げる程度の視線で法月の後頭部に話す。
太陽の光を存分に吸い込んだ亜麻色の髪が瀬戸内の乾いた風に靡き、まるでドラマのラスト5分…まさに主題歌が流れるその瞬間のように絵になる振り向きざまに、つい目を奪われた。
「何を言っているんですか。竹内さんがお怪我をしないように、こうして片手を空けて前を歩いているんですから…。
一緒に向かわせてください。」
身体の左半分に全ての負担を背負い込み、まっさらな右の手をひらひらと動かしてみせる男を前にして
このドラマなら、また来週もリアルタイムで見てしまうんだろうなんて思った。
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