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*166.
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始業時間の5分前。自分としてはかなりギリギリの出社だ。
普段は物分かりの良い大人しい娘だが、丸一日以上僕に会えなかった事が相当響いたらしい。今日は保育園に送り出すまでに時間がかかってしまった。
つい僕も休みをとってしまおうかと本気で悩むくらいに、ゆらは…ゆらは……可愛いッ。
けれど、自身の都合で簡単に休みを取るなど社会人として、正社員としてあるまじき行為だ。同い年でありながら頼まれた仕事も全て真剣に取り組む立派な上司の背中を僕は知っている。
ぐずる娘を保母さんに預け、通勤ラッシュの渋滞を抜け道を使って上手く回避したお陰で何とか間に合った。
昨日あんなに書類が山積みになっていた隣のデスクは綺麗になっていて、部署内の共有ファイルには最終編集時間が21時を過ぎている『上半期報告書20××年』が追加されていて。
…だから手伝うと言ったのに。
僕では無いにしろ、他のお姉さん方…頼める人も、頼まれてくれる人も貴方には沢山いるのだから、あまり無理をしないでほしい。
と、昨晩遅くまでここに残っていてであろう人物の努力は十分に伝わったのだが、なぜかその本人…竹内さんの姿がない。
予定を自由に書き込めるホワイトボードに目を向けるも、彼の欄には有給とも朝一訪問とも記されて居ないのだ。
「朝礼を始めます。おはようございます。今日の掃除当番は〜〜…」
僕とて完全に疲れが取れているわけでもないので、いつも聞き流しているお決まりの朝の挨拶が子守唄に聴こえてしまうのは仕方のないこと。
ただ最後に放たれた一言だけは、僕を持てる全ての力で叩き起こす娘以上の力を持っていた。
「竹内君だけど、体調が優れないらしく今日は休みを取るそうだ。」
「は?!」
思わず外に出てしまった声に、驚いたらしい周囲の人々の視線が痛い。
慌てて口を押さえると、作り慣れた笑みを浮かべて何とかその場を凌いだ。
竹内さんが休み…?今までこんな事無かったのに。
大丈夫だろうか。もしや足の状態が悪化して病院にでも行くのか。それなら怪我とでも言いそうなものだが…あぁ、あの人の事だから無駄な心配をかけるくらいなら、なんて言って体調不良で済ませそうだ。
けれどもし本当に体調が悪いとしたら…?一人暮らしというのは聞いていたし、そうなると動けない程調子が悪い時一体誰に助けを求める。
一人で苦しんで、そのまま動けなくなって、救急車も呼べずに汗を流し、火照った顔で眉を顰めて──。
『っあ…のりづ、きぃ…助けて……っ。』
竹内さんがエロいッ、ではない。危ない!!
始業と共にお手洗いに走るだなんて初体験だ。始まる前に済ませておく事が大人としてのマナーである。
だが、そうだとわかってはいても今日だけは我慢が出来なかった。
個室に走り込み、しっかりと鍵をかけてスマホを取り出す。
履歴など漁らずとも当然のようにお気に入りに設定されている名前をタップして、深呼吸を繰り返して耳に当てるそれ。無機質なコール音。
そして3、4度繰り返されたコールは、ぴたりと鳴り止む。
「あ、もっもしもし竹内さん?!あなた大丈夫で──。」
「法月……今日にも俺は手錠かけられて檻の中かもしれん。」
「…はい?」
えー、状況の把握に時間はかかるかもしれませんが、ひとまず僕の心配は行き過ぎであったと言う事で安心致しました。
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