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その後は法月の助けもあり、定時を30分ほど過ぎたあたりには終わりが見えていた。
俺に言わせれば1時間など誤差のようなもの。今日は定時だ。よし、帰りにちょっと良いビールでも買って帰ろう。あとは新しい煙草を5つくらい買っておかないと。
すっかり忘れていたが、今日は金曜日だったのだ。明日は言わずもがな引きこもり一択。買い物にも行きたくない過度な面倒くさがりには、今夜の買い出しが何よりも大切だ。
……煙草、と酒か。まあ何処で買ったって変わらんしな。
その日俺は初めて、佐々木の居る店とは別のコンビニを目指して走ったのだった。
「いらっしゃいませー。」
「身分証お持ちですか。」
「こちらの煙草でお間違いありませんか?」
「……はい。」
「──円のお返しになりまーす。」
「ありがとうございましたー。」
ドリンクコーナーの場所をわざわざ探し、無駄に一周してしまった広い店内。真面目な店員に提示を求められた免許証。
なかなか見つからない煙草、ぼやけて見づらい番号…受け皿代わりに敷かれたレシート。そこに散らばる小銭。
知らない店って、こんなに手間がかかっただろうか。それとも彼が人並み以上に手際が良く、俺の癖を知ってくれていただけなのだろうか。
佐々木はいつから、俺の存在を認知してくれていたんだろう。俺がよく居る店員だと思い始めた頃には、もしかして既に覚えてくれていただろうか。
年確を辞め、煙草を覚え、世間話を振ってくれるようになったのは──。
ポケットで震えたスマホにびくりと肩が揺れた。週末になんて鳴る筈もないそれを煩いくらいに働かせるのは、いつだって一人しかいなかったから。
それなのに。
『お仕事終わりましたか??お疲れ様ですっ!
明後日の予定決めましょ〜!』
差出人は俺の求めていた相手ではなくて。
佐々木とのやり取りが、法月に抜かれ、そして松井さんに抜かれている。勿論お気に入り登録をしてクリップ留めでもすれば上に表示される。だが来もしない返事を毎回期待してしまうからダメだった。
遠い地でやりとりしたのを最後に、佐々木との連絡は止まったまま。トーク履歴には“会いたい”と互いに送り合ったそれが今も残っている。
会いたい。会って、話がしたい。本当はすごく、すごく声が聞きたい。
2日前に顔を合わせていてもこれだ。
会えるかもしれないチャンスを自ら逃したのは俺。良い関係性を築けていた筈の未来を壊したのは俺。
許してくれない事が怖くて、許されてしまう事も怖くて、でも何より無視される事が怖くて、謝るどころか連絡の一つも出来ないのは俺なのに。
どこぞの宗教勧誘冊子を詰め込まれたポストを開けて見えたのは、鈍く光る銀色の──。
ああ、昨日…佐々木にスペア貸していたんだった。俺が眠っている間に出たんだから、既に1日半は経ってるか。今、俺のテリトリー内に残る唯一の“佐々木の面影”だ。
取り出して両手で強く握った。
冷え切った金属が、ゆっくりと体温を奪う。
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