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*185.
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まるで闘牛か野生のイノシシのような勢いに、思わず2、3歩後ずさる。
死を覚悟したあの日は佐々木の可憐な自転車さばきで事なきを得たが、今日は違った。迷わず俺目掛けて突進してくる猛獣はスピードを落とす気配もなく、あと数センチ前に出ていれば頭蓋骨粉砕確定の距離感で胸ぐらを掴み上げたのだ。
周囲がざわめき、コンクリートに打ち付けられた背中は痛い。ぎろりと睨む彼の瞳の中で、俺は冗談みたいに弱々しい顔をしていた。
「……なん、だ。」
「こっちの台詞だよ。テメェ何逃げてやがんだ。」
声が震える。指先は冷え、全身が強ばる。
明らかな怒りを感じさせる佐々木の表情に、情けないくらい怯えていた。
力んだ彼の手の甲は血管を浮かべ、白く変色していて。
「…んどは……かよ。」
「…?佐々木、よく聞こえな──。」
「今度は女かっつってんだよッ!」
色気があり、時に幼く、時に大人びて見える彼の垂れ目はグンと吊り上がり、眉間には深く刻まれるしわ。口調の乱れた佐々木には少しずつだが慣れて来ていて、だがここまで怒りを露わにされる理由は…まるで心当たりがない。
襟元を更にきつく捻り上げられ、思わず自身の手を佐々木に重ねて力を込める。
「アイツじゃなくたって誰でもいい?誰でもいいのに俺は諦めさせんの?意味わかんねぇ!!何で…何で俺じゃダメなんだよ!!」
何を言っているんだ、何がしたいんだ。
俺を利用して楽しむのはもう辞めてくれよ。あんなに楽しそうに笑い合っていた。俺と正反対の、若くて元気な男と。
「ッ、意味がわからんのはお前の方だ!俺と全然違うじゃないか…あの子みたいに俺はっ、ガタイも良くない、赤い髪なんか似合わない青白い肌の陰気なおっさんで!」
どうせ好きになってくれないじゃないか。
毎日ジムに通えばいいか?お気に入りのヘアサロンでも見つけて頻繁に染め直しに行けばいいか?真昼間には太陽の照りつける公園でジョギングして、足りないところは日サロに行って、そうしたらお前は俺を好きになってくれるのかよ。
無理だから、こうして前に進もうと。
自分一人ではどうにも出来ない程重くなってしまった気持ちにキリをつけられるよう、法月や親切な店員にまで迷惑をかけて無理矢理進もうとしたのに。
「……っ、放っておいてくれ。」
「ほっとけねぇんだよ!」
近過ぎる距離
俺しか映さない瞳。
一度視線が交われば、もう何処にも逃がさないと縛り付けられたかのように
そらす事も、出来なくて。
我慢の限界だった。
真っ直ぐすぎる佐々木の目は、俺に嘘すらつかせてくれない。
真正面から振られる場所が、ここで良かった。
下手に地元のよく目にする場じゃいちいち思い出して苦しむだろうから。
「俺を好きになる事が無いのなら、もう関わらないでくれ…ッ。辛いんだよ…もう、耐えれないんだ。佐々木が他の相手に好意を寄せているのが…っ。」
いつの間にか視界は涙でぼやけていた。あぁ、全て言ってしまった。これで終わりだ。気持ち悪い、触るなと言って逃げられるんだろう。
だって、ほら。
襟を握っていた佐々木の手にはもう、まるで力が入っていない。
「…は?あんた急に、何言って……?」
俺達の言い争いを喧嘩か何かだと、通行人は冷たい視線をよこしては避けて歩く。
人や車の行き交う交差点近くで、ここだけが別の世界であるかのように、空気が固まる。時が止まる。
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