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ついに、親父が死んだ。
父の死因は、急性アルコール中毒だった。
リビングに入るといつも酒の匂いと、タバコの煙。 顔を合わせるたびに説教ばかりで家では気の休まる場所がなく、学生時代は朝まで遊び歩いたものだった。
だから別に、帰ってきたら父が玄関先で倒れていても、何の不思議もなかった。死んだのかな、なんて思いながら救急車を呼んだ。
柊一(しゅういち)は、子供の頃によく遊んだブランコに腰掛け地面を見つめていた。
この日のために買った真っ黒なスーツには汗が染み込み、焼けるような太陽の日差しに顔をしかめる。
「柊一くん……こんなところにいたのね」
顔を上げると、父の葬儀を手伝ってくれた叔母――母の姉がいた。離婚した母方の親戚の中で、唯一彼女だけが葬儀に出席してくれていた。
だが、そこにいたのは叔母だけではない。
叔母の横には、学ランを着た長身の青年が立っていた。
「叔母さん…彼は?」
「……柊一くん、驚かないで聞いて欲しいんだけど…」
叔母は声を潜めるようにして、その青年の腕を引いた。それから、ポンとその肩に手を置く。
「彼は……あなたの、弟」
「……弟?」
「ええ……あなたのお父さん、スナックの女の人との子供がいたみたいで……貴方を育てる傍ら、彼に生活費を渡していたみたいよ」
「………は…?」
この暑さで耳がおかしくなったのかと、柊一は汗を拭って立ち上がる。あまりに突拍子も無い話に、叔母の隣に立つ青年を呆然と見つめた。すると青年は気まずそうに俺から顔をそらす。
顔は大人びているが、恐らく高校生くらいだろう。
全然、まったく父に似ていない。
けれど、こんな日に叔母が変な冗談を言うとは考えられなかった。
頭の中で時をさかのぼりながら、自分が生まれた年まで戻ってみる。そして両親が離婚した日で止まった。
どう頑張っても、どう数えても、彼の年齢から考えて父と母が離婚する前に彼は生まれていることになる。
となると、父は浮気をして、子供を作っていたのだ。
もしかして、両親が離婚した原因は、彼なのだろうか。
そして、酒に溺れ始めたのも、俺に毎月お金をせびるのも……全部彼の…
彼のせいで―――
「……すみません、柊一さん」
「………え?」
「父がくれたお金…柊一さんの稼いだものですよね。俺、バイトでもなんでもやって必ず返します。だから許してください、お願いします…」
青年は、柊一のように混乱する様子もなくスッと頭を下げた。
その冷静さから見て、青年は柊一の存在を前から知っていたのだろう。柊一は何も聞かされていないというのに。
苛立ちを落ち着かせるため、柊一は目を瞑り小さく息を吐いた。そしてブランコから立ち上がる。
「いいよ金なんて…慰謝料だとでも思ってくれれば。それに、高校生が返せる金額じゃないだろうし……」
「……本当に…すみません」
「わかったから、謝んな」
しまった。苛立ちが少し、声に出てしまったかもしれない。
案の定、青年は気まずそうに眉を寄せ、形の良い唇を噛み締めていた。
どこか他人事のようにその姿を眺めながら、柊一は青年の横を通り過ぎる。
「それじゃあ、そろそろ会場に戻りましょうか…」
叔母に続いて戻ろうとした足を止め、振り返った。
彼を突然自分の弟だと言われても、どう接したら良いのかわからない。
こういう時、普通どうしたらいいんだろうか。泣いたり、絶望したりすればいいのか。
親父がいたら殴ってやったのに。
「…お前、名前は?」
「……大和(やまと)です」
「…俺のことは、親父から聞いてたんだ?」
「……はい」
その言葉に、柊一は同情した。この場で一番可哀想なのは彼だろう。存在を隠されて生きてきたのだから。
けど、わざわざ葬儀にまで来るなんて、ぶち壊しにでも来たんだろうか。
それとも遺産を狙って来たのか。
「…悪いけど、親父に遺産とかは無いと思うよ」
「っ…そんなことはどうでもいいです。俺はただ、一応父さんの息子だから…葬儀に出たかっただけなんです」
「……一応、ね」
そんな言葉を使わなくても、と柊一は思った。
「まぁ…いいや、死んだ後に親父の秘密が出て来たってだけだし…俺には関係ねぇからさ」
「はい。柊一さんにご迷惑をかけるつもりはありません」
「……そう。じゃあ、会場に戻ろうか…大和くん」
今まで隠されていても、なんの問題もなかった秘密。
この青年に会うのは今日が最初で最後だろう、と柊一は思った。
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