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会場に着くと、人はもういなかった。元々交流も少なかった父には友人もいなかったので、家族だけで葬式を上げたのだ。それでも、集まった親戚は少なかった。
会場の外に黒塗りの霊柩車が止まり、荷台へ父の棺が運ばれていく。
「霊柩車には、遺族の方が乗られることになっておりますが……」
「…ああ、はい。乗ります。…二人」
遠慮がちな大和の背を押し、霊柩車へ押し込む。柊一がその隣に乗り込むと、車は静かに火葬場へ向かい始めた。
冷房が効いた車内は心地が良かった。
叔母と乗るのだと思っていたが、突然できた弟と乗ることになった。
多少の気まずさはあるが、この沈黙を盛り上げる必要は無いのだ。
柊一は流れる景色を眺めながら、徐々に自分の世界へ引きこもっていった。
離婚する前、父はお酒なんて滅多に飲まない人だった。
勤勉で、愛妻家。そしてたまにスナックへ通っては母に怒られて……そんな父を覚えている。
だからまさか離婚の原因が”浮気”だなんて思わなかったが、今となってはそれが決定的だったのだろうとわかる。
なぜ父は浮気をしたのだろう。幸せだったはずなのに。母を愛していたはずなのに。
窓に反射して映る、隣の”弟”を見つめた。
その顔からは、感情が読めない。真っ直ぐ伸ばされた背筋だけは、酒に溺れる前の父によく似ていると思った。
「到着しました。準備が出来るまでロビーで待機なさっていてください」
二人は車から降りると、大きな建物の前に出た。長い煙突からは黒い煙がもくもくと上がっていて、少し焦げ臭い。
すると、ちょうど会場のバスから降りて来た叔母たちと合流した。
柊一たちの方を見た叔母は、なぜか目を見開いて二人に駆け寄って行く。
「大丈夫かい、大和くん」
「っ……はい」
その時、柊一は初めて大和が泣いていることを知った。
車内では、あんなに冷静な顔をしていた大和は、顔を腕で隠し、肩を揺らして泣いていた。
その姿に、柊一はどうしたらいいのかわからずにただ佇む。
「…柊一くんも、ロビーへ行きましょうか」
「……えっと、俺トイレ寄ってから行きます」
「そう、場所はわかる?」
本当はわからなかったが、一刻も早くこの場から離れたくて柊一は頷いた。
建物に入り、トイレを探して駆け込む。
それから洗面器の前に立って蛇口を思い切りひねると、水を両手ですくい顔にかけた。
指の隙間から零れ落ちる水滴が、袖を濡らした。汗で気持ち悪かった体が幾分か涼しく感じる。
「……なんなんだよ」
理解できなかった。
一番父を憎んでいい奴が、父のために泣いている。大和よりずっと長い時間父のそばにいた自分は少しも泣いていないのに。
そっと顔から手を離すと、まつ毛に乗った水滴が落ちて顔を流れた。
鏡に写っている顔は、泣いているように見えた。本当は泣いていないのに、水滴のおかげで泣いていた。
「……柊一さん」
その様子を、鏡ごしに大和は見ていた。
柊一は慌てて振り向くと、濡れた顔をスーツの袖で拭う。
「…お前もトイレか」
「いえ……火葬の準備が出来たらしいので、呼びに来ました」
「ああ、そっか。…じゃあ行くか」
別に泣いていたわけではないが恥ずかしいところを見られた気がして、柊一は逃げるようにトイレから出ようと足を向けた。
だが、すれ違いざまに大和に腕を掴まれたことによって立ち止まる。
「……なに?」
「柊一さんも…泣くんですね」
「あれは顔洗ってただけ。見てただろ?」
「はい。でも…俺には泣いているように見えました」
柊一は、目の前の意味のわからないことを言う青年の腕を振り払った。
「あれは顔洗った時の水滴だから、変なこと言わないで」
「でも……」
「…そんなに泣いて欲しいのか?」
大和の見開かれた目が、わずかに揺れた。
その小綺麗な顔は、母親に似てるんだろうな、父と浮気した女に。その背の高さも、色素の薄い髪も。
「親父がお前にどんだけ優しかったかは知らねぇけどな、少なくとも俺にはいい思い出なんか一つもなかったよ。…ただ苦しかった。早く死ねと思ってた」
「え………」
「あんな人間のクズのために泣けるわけねぇだろ。夢諦めて必死で稼いだ金をお前なんかに使われて、アル中で死ななかったら俺が殺してたかもなぁ…」
完全に八つ当たりだった。
大人げない、まるで中学生のような八つ当たり。
だが、大和は泣くでもなく怒るでもなく、ただ黙って耐えていた。その姿は柊一と似て、背伸びして大人ぶっているようだった。
その姿に我に帰った柊一は、バツが悪そうに背を向けてトイレを出る。
言いすぎたとわかっていた。それでも、後悔はしていない。
もしかすると、大和の見てきた父と自分の見てきた父は、正反対の姿をしていたのかもしれないな。
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