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お風呂から上がりさっぱりした柊一は、機嫌がいいせいか楽観的だった。
ついさっき父の葬儀をしたばかりなのに、鼻歌を歌いながらリビングへ入る。
「風呂入っていいぞ」
「はい、あの…寝巻きとかありますか?」
「ああ、はいはい」
柊一は自室から手早くジャージの上下を取り出し、大和に投げ渡した。
「下着はさすがにねぇから、我慢して同じやつ履け。明日まとめて持ってくるから」
「…わかりました」
自分に気を遣わないようにしているのか、それとも元からの性格なのか……柊一の大和への態度は、家族にするものと変わらないように感じた。
大和はそれが嬉しくて、浴室に入った途端にホッと息をつく。
最初はどうなるかと思ったけど、思ったよりもラクな態度で接してくれてよかった。余計な気を遣われてぎこちなくなるよりはマシだ。
柊一のジャージを広げて自分の体に当ててみると、やっぱりズボンの丈が少し短かった。
しかしそれよりも、ふわっと香る柔軟剤の匂いが気になる。
「…いい匂い」
柊一の香りだった。
洗濯などろくにしない母親に代わり、自分で洗濯をしていた大和は、柔軟剤を買ったことがない。そのため、服にこんなにいい香りがつくことが羨ましかった。
でも、これからは自分の服もこの香りを纏うのかと思うと、ほんの少し楽しみだった。
*
「…上がりました」
おお、と短い返事をして、柊一は食器を洗う手を止めて振り返る。
自分のジャージを着た大和の姿に、なんだかむず痒い気分で苦笑した。
「やっぱサイズ小さいな。てか、お前身長何センチ?」
「えっと…多分、188くらい、です」
「うわすげぇな。俺と10センチも違う」
どうりで見上げるわけだ、と柊一は笑って、食器洗いを再開した。
「手伝います」
「や、もうすぐ終わるから。髪乾かしてくれば?」
「…もしかして、ドライヤーですか?」
「…え?うん、そうだけど……あ、」
食器を全て洗い終えた柊一は、タオルで手を拭いて大和の方へ歩み寄った。
大和の家庭事情は知らないが、息子を置いて逃げるような母親だ。一般生活の常識が通用しないかもしれない。
「もしかして、ドライヤー使ったことない?」
「……はい。いつも、自然乾燥で」
「なるほどね、まぁそれでもいいんだけど… 」
ドライヤーの使い方なんて、俺も習ったことはない。でも親が使っているのを見てなんとなく覚えた、そんな感じだ。
それに今教えるのも面倒だし、夏だから自然乾燥でも大丈夫だろう。
「あ、俺今日はもう寝たから眠くないんだよね。お前ベッド使っていいよ」
「…え、いや、それは……」
「なんだ?汗臭くて嫌だってか」
「いやっ、違います!あの、ありがとうございます……」
「ああ。ベッドの下は見るんじゃねえぞ」
「は、はい…」
まぁ、別に何も入ってないけどな。と思いながら、こんな何気ない会話が楽しいとさえ思う余裕ができていた。
いつも家に帰ったら、酒臭い親父とは目も合わさない。たまに口を開いたかと思えば説教や愚痴ばかりで……。
ああ、思い出すのはやめよう。今は楽しいことだけ考えていたい。
自分の部屋へ向かった大和は、遠慮しているのか扉を閉めなかった。
ベッドのスプリングが軋む音がして、それ以降静かになる。
眠気も少しあったが、今日はソファで過ごそうと決め、柊一はテレビをつけて横になった。
「……うわ、旨そう…」
テレビには、深夜だというのに東京の中華料理屋紹介の番組がやっていて、そこに映る餃子に腹が鳴りそうだった。
そうだ、明日は餃子にしよう。
「……餃子…と……おかず、どうしよ…」
ポツポツと漏れる独り言に気づかないまま、柊一は頭の中で明日の晩御飯の献立を考えた。
朝はトーストと目玉焼き、ベーコンをつけてもいい。昼は荷物を取りに行ってそのまま外食。夜は餃子と……卵スープとかいいんじゃないか。野菜は、どうしようか。
自分以外の人に作る、久しぶりの料理。
柊一は別に料理が好きというわけではなかったが、考えるだけで楽しかった。
心に空いた小さな、だけどとてつもなく深い穴。
その上に土をかぶせるみたいに、柊一は次々と頭の中で料理を作っていった。
「あの、柊一さん」
「……ん?どうした?」
大和の声で我に帰った柊一は、のそりと体を起こして大和を見上げた。
もしかして、やっぱり他人のベッドじゃ眠れなかったのではないだろうか。枕とか、シーツ…洗ったのはいつだっけ。
「…一緒に、寝てくれませんか」
柊一は、大和の斜め上をいく返答にしばらく固まった。
父を亡くしたとはいえ、まさか、子供じゃあるまいし。
「……えっと、なんで?」
「…眠れないんです。いつもは、布団の横にぬいぐるみとか、置いてるんですけど……」
驚きのカミングアウトに、柊一はどう反応していいか迷った。
これは笑えばいいのか。いや、大和の顔からして、笑っちゃダメなほうだろう。
「…あー……えっと…」
「…すいません、やっぱりおかしいですよね。今のは聞かなかったことにしてください。おやすみなさい柊一さん」
「…え?ああ、おやすみ……」
今更自分が恥ずかしいことを言ったと気付いたのか、大和は顔をほんの少し赤くして部屋へ戻った。
パチン、と電気の消す音がして、ベッドのスプリングが深く軋む。
びっくりした。まさか、あんな変なことを言われるとは。
常識を外れた発言を今までしなかったので、ぬいぐるみと寝ているという生活を可愛らしいとさえ思えた。
でもさすがに、大の男二人があのベッドで眠るには狭すぎる。
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