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「おはようございます…」
「ああ、おはよう」
部屋を出ると、すでに朝食を作り終えた柊一が、席に座って自分を待っていた。
昨晩、柊一の涙を見たせいで、色々考えることもあり眠れなかった大和は、寝ぼけ眼をこすりながら席に着く。
「大和、今日学校終わった後空いてるか?」
「…え?」
「買い物に行こうと思ってな。ずっと俺の部屋で寝るのも嫌だろうし、父さんの部屋をお前のにするつもりなんだ。あのベッドは古いから買い換えなきゃ駄目だし……いいか?」
「あ……はい。ありがとうございます」
「ん」
柊一は、朝だというのにやけに目が覚めているようで、朝食を口にかきこむと食器を洗面台に下げた。
じゃあな、と言って仕事に出ようとする柊一の背中に、大和は思いついたように言葉をかける。
「い、いってらっしゃい!」
「……ああ、いってきます」
「…は、はい」
当然、困惑したような顔をした柊一だったが、苦笑して大和に言葉を返した。なぜなら、大和の顔が泣き出しそうな子供のように不安げだったからだった。
くすぐったいような気持ちに口元を緩めながら、柊一は家を出た。
一人になった大和は、ドクドクと早鐘を打つ胸を押さえて席に着く。
いってらっしゃい、ずっと母の背中に言っていた言葉。そして、返ることはなかった返事。
「柊一さん…」
彼はいつも、僕に新しい感情を与える。名前もわからない感情を。
*
買い物を終えて帰ってきた二人は、ソファに座ってため息をついた。
シーツや家具を選ぶのにはやはり時間がかかり、柄だけでなく値段も見ていくと相当に迷ったのだ。ショッピングが苦手な柊一には苦痛の時間と言えた。それは、大和も同様のようだ。
「家具は明日届くから、組み立てもまとめて全部明日するか…」
「…そうですね」
「風呂入るだろ?」
「あ、はい…」
そういうと、柊一はテキパキとお風呂の準備をしだした。手伝います、と大和が言う隙も与えずに。
その姿に、大和はほんの少しの違和感を覚えた。
今日の朝から、柊一は変だ。いつも朝は怠そうなのに妙に頭が冴えていたり、買い物の時だって、悩む時間さえ惜しいとでもいうように、次々と立ち止まることなく動いていた。
「お湯溜まったら止めといて。あとは洗濯と、晩飯の用意と…」
「柊一さん」
リビングに戻って早々に洗濯へ行こうとする柊一を止めるため、大和は慌てて柊一の腕を掴んだ。
それに驚いた柊一は、びくりと肩を震わせて振り返る。
その顔は、いつもの柊一だった。しかし、大和にはわかる。柊一は何かを誤魔化すために動いていたのだと。
「…洗濯と晩御飯の用意、俺がやりますから…柊一さんは少し休んでください」
「…ああ、気遣わなくていいぞ大和。それにお前、洗剤の場所とか調味料とか、食器もわかんねぇだろ?」
「わかりません。でも、そんなのは探せば見つかります。やり方はわかりますから」
「……でも…」
「休んでください」
昨晩の涙。あれが原因だとしたら。
柊一は、葬儀の時泣いていなかった。もしかしたら、心の整理がまだ追いついていないのかもしれない。
俺は、泣いた。たくさん泣いた。
そのおかげで、骨拾いの時は落ち着いてできた。でもあの時の柊一さんは、震えてた。箸を通して動揺が伝わるほど。
いきなり俺を引き取ったこともあって、落ち着けないのかもしれない。だったら、俺がなんとかしなくちゃ。
「…わかった」
「…ありがとうございます」
渋々大和の提案を受け入れた柊一は、ソファに座りテレビをつけて寝転んだ。
その様子を見届けたあと、大和は洗面所へ洗濯に向かう。
目立つ場所にあった洗剤を取り、いつもの手順で洗濯機を回す。どこの家庭の洗濯機も変わらない。スイッチを押すだけだ。
そのあとリビングに戻って、さっそく料理を作る。冷蔵庫を開けると、生姜焼き程度なら作れそうだった。
その様子を不安げに見つめる柊一は、テレビ画面をよそにそっちばかりに目がいく。
肉を切った後、フライパンに火をかける。しばらくして肉の焼ける音がして、野菜を切る音。それから、何かを探すように目線を彷徨わせる。
ああ、アレかな。多分そうだ。
柊一はその後ろ姿に、つい助けたい気持ちが勝ってソファから立ち上がり、柊一の背後から手を伸ばした。
「あっ…柊一さ…」
「砂糖は、これ」
小棚からとって、申し訳なさそう顔をする大和の手に渡す。
「それから、醤油はそこ。塩は…これ」
「…すいません」
「なんで謝るんだよ。わかんねぇのは当然だろ」
柊一は、落ち込む大和を励ますように、ぽんとその頭に手を乗せた。
「ありがとうな、大和」
「っ……」
自分のために、一生懸命にやろうとしてれている。
柊一は、余裕のなかった心が暖かくなっていく気がした。
それから柊一の協力も得て生姜焼きを作り終えた大和。その出来栄えは、「俺には及ばないがまぁまぁ旨い」という褒め言葉で大和は十分だった。
柊一がお風呂に入っている間に洗濯物を干し、上がってから大和も入る。
ようやく柊一の役に立てた。まだ全て自分でというわけにはいかなかったが、いずれ家事は全て自分でやりたい。そう強く心に誓った。
お風呂から上がると、ソファには柊一が寝転がっていた。もうすでに寝る準備を始めているその姿に、大和はふとあることを思いつく。
「あの…柊一さん」
「ん?」
携帯から顔を上げた柊一は、また大和が泣きそうな顔をしているのに気がついた。
この顔をする時は、大抵、拒否されることを不安に思っている時だ。どんな提案がくるのだろうと、柊一は少し身構えた。
「…一緒に、寝ませんか?」
「……は?」
「明日、ベッドが届きますし…最後に」
最後、の意味がわからない。
柊一は笑いそうになるのを堪えて、首を振った。
「いやいや、いいよ別に。あ、気遣ってんなら…」
「そうじゃなくて!」
…え?そうじゃなくて?
そうじゃないならなんだってんだ。
そんな柊一の訝しげな視線に気づいたのか、大和は気まずそうに「いや、違くて…」と再び否定した。
「…昨日、柊一さんが寝てる時に、泣いてるのを見てしまって…」
「……」
「…だから、その…誰かがそばにいれば、落ち着くかもなって…お、俺も、落ち着きます、し……」
ああ、と、その時に柊一は全てを理解した。
昨晩、泣いていたのを見られていたのだ。自分は起きてから気づいたが、まさかその瞬間を見られているなんて。
気を遣わなくていいと言っているのに…いや、ただ、優しいだけなのか。
黙り込む柊一に、余計なことを言ったかもと今更後悔をする大和。柊一はそんな彼が可愛く思えてクスリと笑った。
それから、ソファから立ち上がって毛布を肩に担ぐ。
「…そうだな、寝るか。かなり狭いと思うけど」
「…っは、はい!」
こんな嬉しそうな顔をされたら、断れるはずないだろう。
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