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もう離れられなくて#10
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いつか話す…
そのいつかは、明日かも、数ヶ月後かも、
いつまで経っても来ないのかもわからない。
ただ、今は僕にそれを話すつもりは無いのだ。
それだけはこの出来の悪い頭でも
十二分に理解できた。
少しだけ、悲しいかな。
なんて。
まだ出会って1ヶ月
顔を合わせたことなんて一度しかないんだから
当たり前なんだけど。
徐々に意識がはっきりしていく奏楽さんと、
いつも通り適度に間のある長めの電話が続く。
『家に着いたのか。』
「あ…はい。」
奏楽さんが僕の帰宅に気付いてくれたのは、
重たい扉を開けたから。
初めて会ったあの日といい、今日といい、
僕は家に帰るのが苦痛だったはずなんだ。
可能ならば氏原先生と時間ギリギリまで保健室に居たかったし、
実際何度も授業でわからないところがあるとか適当なことを言って引き留めていた。
なのに今は苦痛な扉を笑顔で開けて、
重たいはずの足をぐんぐん進めて自室に向かっている。
不思議なことに、僕の世界はRickyを知ったあの日から、
奏楽さんに出会ったあの日から、
まるで別の世界と入れ替わったみたいに生きやすくなったんだ。
奏楽さんは僕がそんな風に思えるようになったって、
知らないでしょ?
『ただいまは言わないのか。』
「え?…まぁ、誰もいませんし…。」
結構そういうところ、奏楽さん律儀なんだな。
奏楽さんの家庭はきっと、温かくて心地良い場所なんだろう。
そんな世界で育った奏楽さんは、
“ただいま”というのが当たり前で、
それが当たり前ならば、“おかえり”があるのも当たり前だったんだ。
少し、羨ましい。
『俺に言えよ。』
「……は?」
『誰も居なくても、俺にただいまって言え。』
「あ…え?えーと……た、ただいま…?」
奏楽さんの言っている意味がわからなかった。
だって帰ったのは自分の家で、
そこに奏楽さんはいなくて、
母親は勿論まだ仕事中で家にいる筈もない。
だけど
『おかえり美晴、学校お疲れ様。よく頑張ったな。』
まるで今日の僕を見ていたんじゃないかと思う奏楽さんの優しい言葉に、
乾いたはずの涙はまた出そうになって少し困った。
“ただいま”
“おかえり”
そんなありきたりのキャッチボールに、
胸がきゅんと締め付けられた。
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