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もう離れられなくて#54
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「忘れ物はないか?」
「…、大丈夫です!」
ぐるりと部屋を見渡して答える。
あるとすればベッドの横に脱ぎ捨てられている自分が履いていたスリッパだけど、
普段家で裸足で歩きまわっているせいか、
わざわざそれを履いて出口に向かう気にはならなかった。
僕が靴を履いている時間、
奏楽さんは呆れたように眺めてくる。
いや、これが普通なんで。
靴履いて部屋に入る奏楽さんがダメなので。
奏楽さんの驚くほどのマイペースっぷりに、
僕は振り回されるばかりだ。
それが楽しくて、どこか嬉しさすら覚えるのは
きっと、少しずつ奏楽さんの事を知っていけている気がするから。
車の中でかかる曲は、僕は聴いたことがない曲で、
でもどうして今まで聴いてこなかったのか逆に不思議になるものだ。
「あ、これ…奏楽さんのですか?」
「そうだよ。まだデモだけどな。今詰めてる。」
「ふぅん……。」
デモっていうのと、完成したそれとがどう違うのか、とか
どれだけ変わるのかっていうのは僕にはわからないけれど、
今こうして聴いているだけでもずっと聴いていたいと思えるくらい綺麗なのに、
それがさらにパワーアップすると思うと
なんだか楽しみで仕方ない。
「僕、奏楽さんの曲って全然知らないから…聴いてみます、色々。」
「…っふ。勝手にしろ。」
奏楽さんの車は、また大通りに出てちょっとだけ荒い運転。
「この前の駅のほうが近いのか?」
「んー…あんまり変わらないですけど、
そっちの方が奏楽さん車止めれますよね?」
「そうだな。」
奏楽さんの為に来たのに、
奏楽さんに車を出してもらわないと子供の僕じゃ
奏楽さんを癒す事は出来なくて。
それなら少しでも負担にならないほうを選ばせてください、
せめて。
近づく駅。
初めてキスをしたあの交差点は、
今日は青に変わったばかりだから停まる事は無い。
寂しくなんてない、はず。
「気をつけてな。帰ったら連絡しろ。」
でもやっぱり、バイバイの時間が来るのは早い。
一人で過ごす数時間は気が遠くなるほど長くて仕方がないのに、
奏楽さんと会う約束をしてからここにたどり着くまでの同じだけの時間は、
こんなにあっという間で、こんなに、あっけない。
「はい、ありがとうございます!」
奏楽さんは、扉を開けようとする僕の頭をそっと撫でてくれた。
ねぇ、奏楽さん。
今日僕は
「あ、あのーー…っ。」
奏楽さんの心をほんの少しでも、
軽くしてあげる事は出来たでしょうか。
奏楽さんを、支えることは、
僕にできたでしょうか。
「ありがとな、美晴。助かった。」
「ーーー…っ!!えへへ、よかった!」
扉を閉めて、手を振って、
見えなくなるまで車を追って、
触れられた頭に手を置いた。
あったかい。
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