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なんて素敵な#8
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遅くなる、なんていったくせに
奏楽さんの指定した時間は1時間半後。
きっとやらなきゃいけない事だってたくさんあったはずなのに、
それらを後回しにして僕のわがままを聞いてくれるのが、すごく申し訳ないのに
悲しい事に心は弾んでいた。
嬉しい…
奏楽さんからもらった言葉も、優しさも、全部。
時間よりもだいぶ早いけど、僕は待ちきれずに家を出た。
奏楽さんを間違いでも待たせることがないように。
外は歩いているうちに徐々に夜の景色に変わっていく。
まだ真っ暗とはいかないけれど、
ずっと遠くから地面を照らす月の明かりは強さを増した。
うわ…、僕今から奏楽さんに会えるんだ…。
奏楽さん…、奏楽さん。
耳元で聞こえるのは、奏楽さんの普段とは違う甘くて切ない歌声。
奏楽さんが来る時間まであと30分もあるというのに、
約束の駅に到着してしまった。
あたりをぼうっと照らす街灯の光と、それからちらほらと駅を行き来する顔も名前も知らない人たち。
この中の誰も、僕の恋人が奏楽さんだなんて知らないんだ。
きっと、知ったらどうして僕なんかとって思う。
僕だってわからないんだから当然だ。
だけど奏楽さんは、僕の事…怒ったり、
嫌そうな顔はしてない…と思うから
奏楽さんが僕と付き合ってくれている意味を
これから少しずつ知っていきたい…とか、思ったりも、して。
奏楽さんともうすぐ会える。
そのことだけで頭がいっぱいになって
これまで僕の頭の中をぐるぐるしていた真っ黒い渦は消え去る。
奏楽さんはまるで魔法使いだ。
暫く奏楽さんの新しい曲を聴き続けていれば、すっかり空は闇で満ちて
厚手のコートを着てきたはずなのに自分でもびっくりするくらい身体は冷えていた。
奏楽さんとの約束時間があと5分くらいに迫った頃、
見覚えのある車が一台、駅のロータリーで止まる。
もう何度か会っているし、その車に乗せてもらったことだってあるのに
心臓がバクバク言って、嘘でも見慣れたなんて言えなくて。
詰めたかった身体は瞬時に熱を帯びて、彼が乗っているであろう車めがけて走った。
「…待たせたか?」
「ぜ…全然です!僕が早く来すぎただけなので!」
「……待ったんだな。」
「あ………ぅ…。」
イヤホンから聞こえるのとは違う、今度はRickyじゃなくて奏楽さんの声。
うううん、本当に慣れない。
車から香る奏楽さんの香りも、隣に奏楽さんがいる感覚も。
僕を乗せて再び走り出す車。
ふと、僕の手に温かいものが触れた。
「は?…お前冷たすぎるだろ。」
「え?………えっ?!??」
それは、奏楽さんの手…だった。
僕よりしなやかな指先。
少し伸びた爪は縦長で、アクセサリーの宣伝なんかをしているモデルさんみたい。
「あ…えと、冷え性…?で……。」
さすがに30分もの間待っていたとは言えず、疑問形になってしまった僕の答えに奏楽さんは暫く無言で考えるようなそぶりを見せると
僕に触れていた手を放してポケットから何かを取り出した。
「これ、持たせてやるよ。」
「これ……は…。」
「カイロ。見たらわかるだろ。」
か、かいろ……とは一目見ただけじゃたぶん誰もわからない、
温度に似つかわしくないペンギンさんの顔面のカバーを纏ったそれが僕の手の上に置かれた。
ああ、もう本当……この人…格好いいと可愛いの集合体すぎて尊い……。
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