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なんて素敵な#18
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食べた物のおかげで随分身体は温まったが、それでも冬の夜風に触れれば肌寒さに肩が震える。
ポケットに入れたペンギンさんのお顔をぎゅっと握れば、じんわりと熱が伝わった。
「寒いか?」
煙草の煙を外に出す為、最低限窓を開けて問う奏楽さんに、大丈夫ですの意味も込めてペンギンさんを頬に当ててみせる。
どうせ、寒いと言おうが暑いと言おうが奏楽さんが窓を閉めて煙草を我慢するとは思ってないので平気です。我慢できる寒さです。
「昨日から何も食べてないから、呼んでくれて助かった。1人じゃ食べる気にもならないからな。」
「ええっ…それは身体に悪いですよ。」
「俺もそう思う。でも仕方ないだろ。」
曲作りをはじめ、仕事に没頭すると生きるために必要な食事や睡眠までおろそかにしてしまう。関わってきたほんの短い期間で知った奏楽さんの一面だ。
よく今まで無事に生きてこれたよなと感心してしまうほどだ。
今まではきっと、仕事関係の人であったり友人であったり、恋人…が、支えてきたんだろうな。
また胸が痛いや。
この調子じゃ、まだ奏楽さんにあの曲に出てくるお相手が本当に存在した人なのかなんて聞く勇気は出そうにない。
もう暫くモヤモヤと戦う事にはなりそうだけど、今はそれでいいや。奏楽さんのいろんな顔を、曲を通してでもいい。知っていきたい。
「送った曲。」
「…え?」
車内に吹き込む冷たい風の力を借り、普段より早く灰を伸ばしてしまうそれを灰皿に立てかけて
奏楽さんは独り言のように呟いた。
「明日配信で、週末にゲリラでライブやる事になった。」
「えぇえっ。爆速…。」
「だからコレ。」
煙草を手放して暇になった手が、ドアポケットから一枚のステッカーを取り出す。
生身で見た事はない。
アニメやキャラクターのグッズで、それに似せたシールを販売しているのは何度か見た事はあるけれど。
PASSと印字されたそこには、自宅からあまり遠くない中規模のライブハウスの名と、出演者欄にはRickyの名が明記されていて。
あまりの情報量に気が動転し、なかなか意味を理解できずにいると
奏楽さんはペンギンさんを握る僕の手のなかにそれをねじ込み、再び半分ほど短くなってしまった煙草に手を伸ばす。
「土曜なら休みだろ。予定空けとけ。」
「い、いいぃぃいいんですか、コレって…。」
ゲストパスってやつですよね…?
本当なら、もっと業界の関係者や偉い人を呼んだり、身内の方を呼んだりするものじゃないんですか。
僕なんかが、こんな立派なものをもらってしまって…。
「俺が良いって言ってるんだから良いんだよ。
お前の好きなところで見てろ。見つけるから。」
「………は、はい…。」
それ以上の会話は無く、ただ押さえつけられて折り目の入ってしまったステッカーを眺めては、煩く胸を叩く心臓を宥めた。
駅で車を降りても、家に着いても、炬燵に潜っても
Rickyとしての姿をもう一度この目で見られる事への喜びが、落ち着いてくれる事はなかった。
だから、僕は
奏楽さんが別れ際に苦い顔をしていた事に気付く事ができなかった。
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