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時々上の空になりつつ、生徒達の打ち上げ回に付き添って……ふと気付くと、月曜になってた。
土曜の昼から今まで、どう過ごしてたか分かんない。
どうやって帰ったか、どうやって学校まで来たかも覚えてない。敢えて言えば「いつも通り」だったんだと思うけど、その間自分がどんな思いをして、どんな顔してたのか、まったく記憶になかった。
明智君からの連絡もない。
当然だ、オレたちは単に職場の同僚で、セフレで。職員室での「ケーキ」の合言葉以外で、メールのやり取りするような仲でもなかった。
ご飯は食べた気がするけど、何を食べたか記憶にない。何だっけ? カップめん食べたんだっけ?
そういえば、今朝ご飯食べてないかも。
お腹が空いたような、空いてないような感じ。食事抜くのは悪いって知ってるのに、食べたいっていう欲求が湧かない。
オレ、こんなにダメなヤツだっけ? ……ダメなヤツ、だったかも。
ぐるぐる考えながら、職員室の机に座る。そろそろ3学期も終わり。そろそろ春休み。生徒たちに授業はなくても、教師には研修とか色々あって、今週も来週も忙しい。
けど、何もする気になれなくて、どうしようと思った。
明智君が週末にお見合いしたんだって知ったのは、お昼休みの時だった。教頭先生の紹介で、お相手は、どっかの大学の理事長のお孫さんだって。
明智君にお見合いのオファーがあったの、何人かの先生は知ってたみたい。
「明智先生、週末どうでした?」
とか明智君に訊いてて、ドクンと心臓が止まりそうになった。
「ええ、まあ」
冷静に答える明智君の声に、心臓がガタピシ痛む。
「ミスなんとかのお嬢さんでしょ? 美人でした?」
「ああ、ミス着物がどうとか言ってましたね」
先生らの問いに、平然と答えてる明智君。そこにコホンと咳払いをして、教頭先生が割り込んで行く。
「ミス振袖ですよ、明智先生」
ミス着物でもミス振袖でも、何でもいいって明智君は言いそう。明智君は、そんな細かなこと気にしない。分かってるけど胸が痛くて、聞きたくないけど聞いてしまう。
「さてはあまりにお嬢さんがおキレイで、見とれて話を聞いてませんでしたね、先生?」
教頭先生のからかいに、「まあ、そうっスね」と答える明智君。
周りの先生方がドッと笑い、「やだぁ」ってオバサン先生の声も聞こえた。
「どうおキレイだったんですか?」
「着物がキレイでしたね」
誰かのからかいにも動揺しない明智君は、堂々としてて格好いい。きっと、いつものように背を伸ばし、自信たっぷりに笑ってるんだろう。
けど、オレは明智君の顔、見るような余裕はなかった。職員室に笑い声が立つたび、びくっと肩が震える。
これ以上聞いてられない。けど、みんなが盛り上がってる中、席を立つような勇気もない。椅子に座って小さくなって、チャイムが鳴るのをひっそり待つしかできなかった。
明智君の噂話は、生徒の間にも広まってた。
きゃあきゃあと喋ってるのは主に女子で、相手が着物だったせいか、「お見合いじゃない?」って話も出てる。
これだけ盛り上がるっていうのは、いかに明智君に人気があるかっていう証拠だ。きっとオレなら、そんな噂にはならない。
その前にオレ、モテないし。きゃあきゃあ言われたりなんか、するハズがなかった。
「ああーん、明智先生のこと狙ってたのにー、ショックー」
女子生徒が冗談交じりで嘆くのを聞いて、心の中で「オレも」って呟く。
狙ってた訳じゃないし、恋人になれる可能性もないし、ただのセフレだし、いつか終わる関係ではあったけど――いざそれを見せられると、思った以上にショックみたい。
心臓がおかしい。呼吸もできない。
お昼に栄養バーを食べただけなのに、胃がムカついて気分悪い。
覚悟してたハズなのに、変なの。女々しくてみじめで情けなくて、そんな自分を誇れない。
次の日も、その次の日も、明智君の話ばかり聞かされて、胸が痛い。
「夏木先生、顔色悪くないですか?」
向かいのデスクの先生に声をかけられて、曖昧にうなずく。
「あ……冷蔵庫の野菜、ヤバかったみたいで」
思い付くままデタラメを口にして、言い訳のようにお腹を押さえる。
「うわ、気を付けてくださいよ? 薬飲みましたか?」
本気で心配され、ちょっと罪悪感が湧いたけど、それより失恋の胸の痛みの方が強かったから、もうあんま気になんなかった。
「恋人さんに、冷蔵庫整理して貰えばいいのに~」
隣のデスクの先生にからかわれ、「いませんから」って首を振る。
「オレも見合い、しようかな……」
ぽつりと呟くと、「じゃあ教頭先生にお願いして」って弾んだ声で流された。
作り笑いを浮かべつつ、「そうですね」ってうなずいた時――。
「夏木先生にはまだ早いんじゃないですか?」
後ろからそんな声をかけられて、飛び上がるくらいビックリした。
振り向かなくても分かってる。真後ろに立ってるのは、明智君だ。分かってるから振り向けない。何もなかったフリで、無邪気に顔を見上げられない。
お見合いなんてまだ早いって、言われたのショックだ。
お見合いの事、秘密にされてたのもショックだった。
なじる資格も、「どういうつもりなの?」って訊く資格も、オレにはなかった。お見合いの相手とお付き合いするのかどうかも、怖くて訊けない。
もう、イヤだ。
逃げたい。やめたい。
セフレなんて、なるべきじゃなかった。
「夏木先生、週末、ケーキ食いましょう」
拒否権のないような誘いに、生唾を呑み込む。
また誘われるとは思わなかった。けど、これで最後にするのもいいなと思った。明智君も、そのつもりかも知れない。
「分かりました」
オレはこくりとうなずいて、週末の「ケーキ」を予約した。
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