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「オレとのケーキ、最後にしなきゃです、ね。先生」
明智君の顔を見れないままそう言うと、「は?」と不機嫌そうな声が聞こえた。
「なんで?」
敬語無しでズバッと訊かれて、ズキッと胸が痛む。
明智君がオレとの関係、やめる気ないんだって気付いた。それは、まだ彼女と「恋人」じゃないから? デートしただけ? どこからが恋人なんだろう?
まさか、結婚してからも続いたりとかしないよね?
結婚なんて言葉、縁がなさ過ぎて実感がないけど、セフレはともかく不倫はイヤだなって思った。不倫の前に、二股はイヤだなって。
でもオレはセフレ……セックスフレンドなんだから、トモダチは二股にならないのかな?
ぐるぐる考えながら、後ろに立つ明智君を恐々見ると、隣のデスクの先生が、「そうですねー、確かに」って同意してくれた。
「いい年した男が、いつまでも同僚とケーキ食べてちゃダメでしょう。これからは、恋人と行かないと。ねぇ、先生」
もっともらしく解説して、明智君の背中をぽんと叩く先生。
「そうそう、恋をしないと」
向かいのデスクの先生も同意見みたいだ。
「夏木先生、恋人募集中なら、うちの妹とかどうですか? 出戻りですけど」
「それはちょっと」
軽口を言われて即答すると、「断んの、早っ」って笑われた。
「それは僕でもイヤですよー」
他の先生がツッコんで、ドッと笑いが起きてホッとする。
明智君はまだオレの後ろの立ってたけど――それ以上、ケーキの話はムダだと思ったみたい。
「お前の考えはよく分かった。いーぜ、『ケーキ』は最後だな」
耳元に敬語のないまま告げられて、ガタピシな心臓がピシッと痛む。自分から最後って言ったくせに、明智君から言われると結構痛い。
けど、そんな痛みに被害者気分で浸る資格なんて、ない。
彼に「恋人できた」って言われるの、考えただけで耐えられそうにないんだから、やっぱ終わらせるのが正解だと思った。
週末に会うっていっても、色々ある。金曜に会うこともあるし、土曜とか日曜に会うこともある。食事するかしないかの違いもある。今まで泊まったのは10回に足りない程度だけど、今回がどうかは分かんない。
明智君とはあれ以来、必要最小限の会話しかなかった。
もしかして「ケーキ」の関係が終わったら、もうずっとこのままなのかも? そう思うとすごく悲しくて寂しくなったけど、自分で選んだんだから仕方ない。
お見合いの話は、職員室では聞かなかった。ただ、時々教頭先生と内緒話っぽいのしてたから、進展してないってことはないんだと思う。
生徒達の間に広まった噂も、今はそんなに耳にしない。高校生の話題は常に流動的で、流行り廃れが早いっていうけど、明智君のこともそんな感じなんだろうか?
金曜の夕方、さすがに緊張しながら帰り支度をしてると、明智君に久々に声を掛けられた。
「夏木先生、ケーキ行きましょう」
響きのいい、張りのある声が、胸をズシンと震わせる。
「え、今からですか? 一旦……」
一旦帰ってから、って言いたかったけど、それ以上続けるより早く、ぐいっと手首を掴まれる。
「積もる話もありますから」
にっこり笑いながら見下ろされ、その迫力に生唾を呑み込む。顔は笑ってるのに目は笑ってなくて、整った顔立ちなだけにすごく怖い。
生徒を「こらーっ」って怒鳴る時より、静かに笑ってるだけの今の方が怖いって、一体どういう事だろう? っていうか、なんでオレが怒られなきゃいけないんだろう?
「さあ、行きますよ」
掴まれたままの手首をぐいっと引かれ、そのまま職員室から連れ出される。
「ちょ、ちょっと待って」
コートを着る暇もなくて、カバンと一緒に抱えて廊下を歩いてると、女子生徒たちに笑われた。
「やだー、夏木先生。連行される犯罪者みたーい」
きゃきゃきゃ、と無邪気に笑い声を立てられ、「犯罪者……」ってどよんと落ち込む。
「よく分かってんじゃん」
明智君が女子生徒達にそう言ったから、更に「やだー」って笑われた。
幸い、掴まれてた手首は放して貰えたので、さり気に明智君から距離を取り、抱えたままだったコートを着込む。
「夏木先生、顔真っ赤」
「かわいい~」
「こら、先生をからかうんじゃない」
女子生徒の軽口を、さり気にたしなめる明智君。こういうセリフがスラスラ言えるとこ、格好いい。女子生徒達もそう思ったみたいで、「はーい」って返事しながら恥らってる。
さすが、モテる人は違うなぁと思った。オレがモテないのも分かるなぁとも思った。
すぐ近くにいるのに、遠い人みたい。
「さ、行きますよ」
女子生徒たちに見送られながら、背中を押されて歩き出す。
そのまま校門を出て駅に向かい、電車に乗って数分。駅を降りた後はコンビニに寄って、いっぱいの食料品を買い込んだ。
お弁当とか、レジ横の唐揚げとか見るとお腹空いたような気にもなるけど、食べたいって気持ちにはならないから、やっぱ食欲はないのかも知れない。
明智君が次から次へとお弁当やパンをカゴに入れる中、オレはケーキと、それから前に飲んだアイスコーヒーを1本買った。これなら食べれそう。
ホントは最後くらい、美味しいって評判のケーキ屋さんに行きたかったけど、最後だからこそ、思い出に残さない方がいいのかも。
明智君はオレが買ったモノをちらっと見てたけど、何も言わなかった。ただ、ずっと険しい顔してて、不機嫌なのは分かった。
この2年、何度も通った明智君ちへの道を、いつになく沈んだ気分で並んで歩く。
空はもう真っ暗だけど、風はあんま冷たくなくて、もう春だなぁと思った。春は、お別れの季節。そして、始まりの季節。
「ケーキ」を終わらせた後、オレに何が始まるんだろう?
未来はまったく見えなくて心細くなったけど、でも、やっぱセフレを続けるのは無理だし。先に進んだ方がいい。
路地の角を曲がって、見えて来た明智君のマンションに向かう。けど、エントランスの前に女の人が立ってるのが見えて、自然と足取りが重くなった。
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