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この2年、何度もここに来たことあったけど、こんな風に誰かが立ってるの見るのは初めてだった。
顔はよく見えないけど、スカートはいてるのは分かる。髪の長い女の人だ。
マンションの住人? それとも誰かのお客さん? 表向きは職場の同僚だし、誰と鉢合わせしたって問題はないんだけど、今からすることを考えるとちょっと気まずい。
明智君も気まずいのかな? オレと同じく歩くスピードを落として、エントランスの方を睨んでる。
「し、……」
知ってる人? 明智君にそう訊こうとした時――。
「明智さん!」
弾んだ高い声が響いて、エントランスの人がこっちに駆け寄って来た。
その人が走る度に、スカートがひらめき長い髪が弾む。
ちっ、と明智君が舌打ちするのが聞こえて、心臓がビシッと凍える。
誰、なんて訊くことはできなかった。訊かなくても何か分かった。胸が痛くて、駆け寄って来る彼女の顔を見れない。でも顔なんか見なくたって、美人なのは気配で分かった。
「明智さん。今お帰りですか? お仕事お疲れ様です」
女らしいキレイな声で、明智君に話しかける彼女。ぺこりと頭を下げると長い髪がさらっと落ちて、その様子に目を奪われる。
「先日はお世話になりました。あの、そのことでお話があるんですけど……」
そんな風に言葉を切って、彼女がちらりとオレを見た。邪魔だ、って言われてるのモロ分かりで、それ以上前に進めない。
お見合い相手の美人さんと、ただのセフレなオレとじゃ、張り合う気にもなれなかった。どう考えても遠慮すべきなのはオレで、自然と顔が下を向く。
……今日は、もう無しかな。
じわっと涙が滲みそうになったけど、それは必死に我慢して、オレは明智君に目を向けた。
「オレ、今日は……」
にへっと笑みを浮かべ、元来た道を戻ろうとする。もう1秒たりとも、ここにいたくなかった。何も見たくないし聞きたくなかった。
けど、逃げられなかった。明智君にぎゅっと腕を掴まれたからだ。
「お嬢さん、家まで送ります」
オレの腕を掴んだまま、明智君が彼女に声をかける。
淡々とした冷静な声だけど、怒ってんのは雰囲気で分かった。でもなんで怒ってんのか、それはよく分かんなかった。オレを引き留める意味も分かんなかった。
「部屋で待ってろ。今日で終わらせる」
恐ろしく低い声で告げられて、ガタピシな心臓にヒビが入る。
「お……」
終わらせるって。そりゃ、この関係を終わらせるのには同意だけど、なんか、こんな状況でそれを言われてもショックしかない。
けど、きっと拒否権はないんだろう。
さっき買った大きなコンビニ袋を渡され、エントランスの方に向けて、トンと背中を軽く押される。
部屋で待ってろって、中に入れってこと? ひとりで?
意味を測りかねて明智君の方を振り向くと、彼はオレに背を向けて、「お嬢さん」と呼んだ彼女の横に並び、その背中に手を当てた。
姫君をエスコートする騎士みたい。
お似合いだって、誰に言われるまでもなく認めざるを得なくて、更に心臓のヒビが増える。
彼女が明智君を振り仰ぎ、笑みを浮かべて話しかけた。
明智君の顔は見えないけど、ひたすら不機嫌そうなのは続いてて、きっとそれは、オレのせいなんだろう。
このまま振り返らないで欲しい。オレのことなんか捨て置いて、彼女のとこに行っちゃえばいい。そう思う反面、戻って来てって心の底では強く強く願ってて、自分でも情けなかった。
じわっと浮かんだ涙を、手の甲でぐいっとぬぐう。
ホントは逃げたい。明智君から「終わりだ」って言葉、聞きたくない。けど、ちゃんと終わらせないと、踏ん切りがつかないのも事実だ。
ひとり寂しくエントランスを抜け、コンクリートの階段を上がって明智君の部屋にお邪魔する。主のいない部屋に上がり込むことは滅多になくて、真っ暗で緊張した。
カバンからキーホルダーを取り出し、鍵を開けて中に入り、照明を点ける。
そういえば、合鍵ももう返さなきゃ。
けど、一旦しまったキーホルダーをもっかい取り出す気力もなくて、オレは呆然と、無人の部屋にたたずんだ。
通い慣れた明智君の部屋。見慣れた家具、見慣れた光景。でもそこに明智君はいなくて、なんだか場違いっていうか、変な感じ。
のろのろとテーブルの上に預ったコンビニ袋を置いたけど、中をチェックする気にもなれない。自分の買った分だけを取り出し、ケーキの箱を遠慮なく開ける。
「ケーキ」は、ここに来るっていう意味だけの合言葉。最初はホントに食べてたケーキも、食べないことの方が多くなった。オレはケーキ好きだけど、明智君はあったら食べるっていう程度。
コンビニで買ったのは、2つ入りのモンブラン。コンビニのじゃないんだけど、前に明智君が好きって言ってたの覚えてる。
お絞りと一緒に貰ったプラのフォークを開け、モンブランのフィルムを外して突き立てる。
ばくっと大口で食べたモンブランは、値段の割に美味しくて甘かった。
久々にお腹がきゅうと鳴り、胃の中が切なくうずく。その切なさを宥めるように、ケーキを食べ、アイスコーヒーに口をつける。
モンブランを2個食べ終わっても、明智君は帰って来なくて――でも、勝手に帰る気にもなれなくて。
オレは座り慣れたラグの上でヒザを抱え、顔を伏せて目を閉じた。
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