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「おい、起きろ」
と、声を掛けられて目が覚めた。
目の前にはコートを着たままの明智君がいて、一瞬「あれっ?」って混乱する。
「なんでエアコン点けてねーんだよ」
明智君はしかめっ面でそう言って、ピッとエアコンのリモコンを鳴らした。
抱えてたヒザを緩めると、体のあちこちが痛いのに気付く。ぐっと伸びをして立ち上がると、散らかしっぱなしのケーキの残骸が見えて、あっ、と思った。
そうだ、オレ、明智君ちに――。
今の状況を思い出すと同時に、女の人と去ってく後姿も思い出して、どよんと落ち込む。
結局、あの後どうしたんだろう? 彼女の家まで送ったのかな?
のろのろと時計を見ると、いつの間にか10時を過ぎててビックリした。2時間以上寝てたみたい。体のあちこちが痛いの当たり前かも。
はあ、とため息をついて、呆然とたたずむ。
明智君はオレが置きっぱなしにしてたレジ袋をガサガサ開けて、中身を取り出したり、冷蔵庫に入れたりしてる。
「メシ食うか?」
コンビニ弁当を軽く差し出されて訊かれたけど、力なく首を振る。
食欲はないままだった。
「ケーキだけじゃもたねーぞ」
顔をしかめられたけど、食べる気にならないんだから仕方ない。黙ったまま答えないでいると、呆れたようにため息をつかれた。
明智君の不機嫌はちょっとマシになってたけど、目の前でため息をつかれると、やっぱり胸が痛む。
怒ってたのがなくなったの、彼女に会ったせいなのか? そう思うと余計にショックで、身動きが取れなかった。
ぼうっとしてると、ぐっと抱き締められた。
明智君はいつの間にかコートを脱いでて、黒いセーターの腕がハッとする程温かい。
「お前……冷えてんじゃねーか」
明智君が、ちょっと責めるように言った。
「風呂入るか?」
そんな言葉に、一旦は首を振る。けど、そういえば最後だし。あちこちキレイにした方がいいかも知れない。準備もしたい。
「やっぱ入る」
思い直して胸をゆるく押し返すと、明智君は抱き締めてた腕を緩め、「分かった」ってうなずいた。
「それから……先に言っとくけど、見合いの話、断ったから」
オレの肩をぽんと叩き、明智君はそれだけ言って、ユニットバスの方に入ってく。
見合いの話、断った。その言葉が耳から脳に伝わったのは、彼の姿が見えなくなってからだ。
「……え?」
訊き返そうとしても、明智君は目の前にいない。
のろのろと追い駆け、オレもユニットバスの方に向かったけど、頭の中はぐるぐるで、何が何だか分かんなかった。
お見合い断った? あの彼女はどうしたの? なんで断った? じゃあ、恋人にならないの?
だったら――。
だったら、この関係を終わらせる必要はないのかも?
ちらっとそんなズルい考えが浮かんだけど、でも終わりだって言ったら終わりだし、今後のことを考えたって、似たようなことは起きるに違いない。
そのたびに傷付くのは、オレが耐えられそうになかった。
勝手な言い分かもだけど、やっぱ、セフレはもうイヤだ。つらい。
ぼろぼろと涙があふれるのを、手の甲で何度もぬぐう。そうしてる内にユニットバスのドアが開いて、中から明智君が顔を出した。
「うわっ……お前、なんで泣いてんだよ?」
ちょっと驚いたみたいに言われて、くすっと微笑む。けど、そのわずかな笑いも、沈んだ気分の中に消える。
「う……オレ……」
何か言おうとしたけど何も言えなくて、ひたすら涙をぬぐってると、その手首を掴まれた。
そのまま顔を寄せられて、ちゅっと軽いキスされる。
いつもの明智君の甘い吐息。再び抱き締められ、温かいセーターの腕の中に包まれる。
「なあ、なんで泣いてんの? あの女と付き合わねぇって言っても、もう今日で最後にすんの?」
耳元で囁かれ、ずきんと胸が痛んだ。
マンション前で明智君たちを見送った時とは、違う痛み。付き合わないって言われて正直嬉しいけど、でも、だからって胸が痛むのは止められない。
「なあ、それって先週、一緒にいた板前みてーなヤツと関係あんの?」
明智君の声がふと低くなったけど、言ってる意味が分かんなくて、一瞬答えに戸惑った。
「あれ、誰?」
「あれって? 板前……?」
先週っていうと、明智君が彼女と歩いてるのを目撃した日だ。彼女に笑いかける姿を思い出し、モヤモヤしたものが湧き上がる。
「あのお見合いの日のことなら、オレ、クラスの子たちの打ち上げで……」
そう言いかけてふと、生徒の親御さんのことを思い出した。会場になった家族経営の居酒屋。真っ白の作務衣に真っ白な帽子、それは多分、生徒のお父さんかお兄さん、だ。
「あ、あの人たちは、父兄だよ」
「父兄? それにしちゃ妙に親密そうだったけど。じゃあ関係ねーの?」
親密そうって言われて驚いた。
そうだったかな? けどもう顔も覚えてないし、そもそもあの日の事は何もかも記憶が曖昧だ。
「何の関係もないけど」
キッパリと告げて首を振り、明智君の顔を見上げる。明智君はちょっと真剣な表情で、オレの顔を見下ろしてた。
「じゃあ、なんで終わりにすんの?」
静かに問われて、感情が揺れる。
「なんでって。オレ……もうセフレ、イヤだから」
震える声で正直に告げ、明智君にぎゅっと抱き着き返す。
明智君はオレを抱き締める腕を強くして、「そうか」って低い声で呟いた。
「じゃあ、セフレは終わりにしよーぜ」
ポンポンと背中を叩かれて、やんわりと腕がほどかれる。
終わり、って言われてぼろぼろ涙がこぼれたけど、「うん」としか答えようがない。
「オレも、こういうのいつまでもズルズル続けんのはよくねぇって思ってた」
「うん……」
明智君の穏やかな声に、ひぐっと嗚咽が漏れる。
「好きなヤツに『好き』って言えねーのは、よくねーよな」
「うん……?」
その言葉の意味はよく分かんなかったけど、明智君はきっと、誰か好きな人いるんだろう。
わずかな望みが、絶ち切られた気がする。
やっぱり、いつか終わりは来る。
「風呂、入って来な」
軽く背中を押されて促され、オレはのろのろとユニットバスの中に入った。
服を脱ぎ、便器の蓋の上に重ね、シャワーカーテンをめくって入る。小さな湯船にはまだ3分の1くらいしかお湯がなかったけど、座り込んで顔を洗うには十分だった。
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