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ウォカレラ
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その事件が起こったのは、雨期の直後だった。
その日の骨董商は浅黄色の着流しを珍しく身に付けて、日本酒を呑みながら窓から雨を眺めていた。滝のような凄まじい勢いの雨の向こうから、雨期を祝う祭りの歓声が響いてくる。
何故だか最近、妙に日本に帰りたくなる。
彼はこの国の骨董品を買い取り、日本の業者に売る商売をしている。その逆もあり、意外と頻繁に日本に帰っていた。だから、ホームシックになる事はほぼなく、なっても酒を飲めば直ぐに忘れた。しかし、最近のそれは酒を呑んでも忘れられないくらい強く、胸が締め付けられる物だった。彼が普段着ない着流しを着ているのも、その感情を押さえる為だ。
骨董商は、少年の熱意をかわしきれず、もう一度だけ自慰をしてしまった。
それは少年の譲歩で、骨董商が一人で自慰をする姿を見せるという物だった。ソファーに座り足を開いた骨董商。その足の間に座った少年に、己の逸物を見せ付けるように擦り上げるという異様な光景だった。
少年は骨董商が自慰を行う姿を、瞬きもせずにかぶり付くように見つめていた。時々骨董商が注意をして押し退けないと、少年の鼻先が逸物についてしまいそうだった。暗い寝室に二種類の荒い息が響き、時おり骨董商の「こらっ」「離れろっ」「駄目だ」と制止の声がか細く響く。熟れた雰囲気に酔ったのか、爛々と輝く少年の瞳は、その金属的な輝きを増して骨董商を貫いていた。
少年の鼻先で射精した骨董商は、何時もと違う強い快感に思わず情けない声を漏らしてしまい、恥ずかしさに顔を赤くしながら息を整えていた。この時、骨董商を見上げていた少年は、満足そうに笑みを浮かべていた。
それを見た骨董商の背筋には、快楽とも恐怖とも思える悪寒が駆け抜けて、思わず少年の服を強く掴んでいた。
その時の事を思い出すと、今でも悪寒が背筋を撫でていく。骨董商は頭を振って悪寒を振り払うと、日本酒を更に口の中に流し込んだ。
暫く窓から外を見ていると、雨の中を歩く少年が見えた。
少年の成長は止まっていない。更に大きくなった少年は、既に少年という名称を使って良いのか迷い始める段階になっていた。実際の年齢が16歳というから、今までが小さすぎたのだ。
カッパを着ている少年は、何か作業をおこなっていたのだろう。大きなバケツとスコップを持っており、どちらも土に汚れていた。
激しい雨で骨董商に気が付いていない少年を何気なしに見下ろすと、少年の瞳が見えた。普通ならばこんな豪雨の中で見えるような距離ではないが、あまりにも強く輝いているから二階にいる骨董商にも見えた。
少年の瞳からは緑色がなくなり、赤と金色に輝いていた。
次の日、骨董商が住む高級住宅街に警察がやって来た。どうやら、この住宅街で働くメイドが行方不明になったらしい。
悲しい事だが、昨晩のような祭りの日に若い女性がいなくなる事は、この国ではよくある事だった。誘拐されたか強姦されて殺されたか、このような事件で行方不明者が見付かることはまずない。警察もやる気がなく、資料を作る為に聞き取りに来たという雰囲気だった。
少年とメイドは知り合いだったらしく、警察の聴取に少年は冷静に答えていた。少年の聴取を終えた警察は満足して帰っていった。骨董商は、少年に「メイドが見付かれば良いな」と言った。恐らく見付からないと分かっていたが、若い女性の親兄弟の事を考えたら思わず口に出た言葉だった。それを聞いた少年は、骨董商に同意しながらニッコリと笑っていた。
その日の深夜、少年は骨董商に告げずに屋敷を抜け出した。
それは四日間続いた。
少年が深夜の外出を繰り返すようになった五日目の深夜、骨董商の屋敷に強盗が入った。手慣れた様子で屋敷の玄関をピッキングで開けた強盗達は、予め調べていたのか骨董商の寝室に忍び込み眠っていた彼を荒く縛り上げた。
そのままリビングに引きずられた骨董商はソファーに座らされ、五人の若者達に囲まれる。強盗の若者達は現地住人のようで、怒り狂い口から唾を飛ばして怒鳴りながら詰めよって来た。若者達は口々に「あの男を出せ」と言い、少年の居場所を骨董商から聞き出そうとしていた。その日も少年は屋敷を抜け出していた。
骨董商は少年の外出自体を知らない。戸惑いながら正直に答えるものの、怒り狂った若者達に通じる訳もない。ついには居場所を吐かせる為に殴打され、体の骨が折れて痛みに叫び声を上げた。
朦朧とした意識に歪む視界。
強盗達の一人が骨董商の頭に銃を突き付けて、再び少年の居場所を聞く。骨董商は分からないと答えると、銃を持つ強盗の腕に力がこもった。その背後の闇に、金属的な輝きを持つ瞳が浮かび上がった。
いつの間にか、屋敷の中に少年がいた。
「ウォカレラァァァァー」
サングラスを着けていない少年の瞳を見た強盗達は、まるで悪魔を見たかのように恐れおののいた。恐怖にかられた強盗達は銃を乱射しながら「ウォカレラ」「成人ウォカレラ」「ウォカレラの花嫁」と叫び、口々に呪いを口にしながら銃を乱射する。
成長期に入ったとはいえ、まだ16歳の少年の体は銃弾により小間切れになってしまう。
普通ならば……。
少年の動きはまるでジャガーのようだった。体の柔軟さと素早さを生かし闇の中を流れるように動き、銃弾をスルスルと避ける。家具の上を駆け、家具に潜りこみながら少年が何かを投擲した次の瞬間、強盗の一人の喉に黒いナイフが突き刺さっていた。
ナイフが刺さった瞬間、その強盗は苦しむ様子もなく死んだ。喉への致命傷は、普通ならば血を吹き出し苦しむものなのだが、まるで何かに魂を吸われたような異様な死に方だった。
それから少年の一方的な虐殺だった。恐慌状態の大人達を翻弄し、一人ずつ時には二人同時に命を刈っていく。その様は、まるで狩りのようだ。美しい黒い獣に狩られる五匹の鼠が強盗だった。
強盗の最後の一人が骨董商を人質にしようとしたが、少年の瞳を見ると体が硬直して動けなくなった。強盗は信じられないと骨董商を瞳だけで見つめ、次に侮蔑の色を浮かべて何かを口にしようとした。強盗が何を言おうとしたのか分からない。少年のナイフが強盗の眉間に突き刺さり、絶命したからだ。
強盗を殲滅した少年は骨董商に駆け寄ると、彼を戒めていた縄を解いた。瞳に涙を溜めて骨董商に安否を尋ねる少年であったが、骨董商はそれに答える事は出来なかった。
何故ならば気が付いたからだ。
少年がメイドを殺した事。
少年が通常の存在ではない事。
ウォカレラが迷信ではない事。
血塗れの少年の瞳は、メイドがいなくなった日のように赤と金色に輝いていた。
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