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二十年後の日本3
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サガル、お前さっきから予想外って顔してるな。お前さんから逃げた俺だ、きっと怯えるか恐れているかしていると思ってたんだろ?お前に会ったら、逃げるか殺そうとするかと思ってたんだろ?
ああ、そうか。
仕方がないだろ。それだけ当時のお前さんは恐ろしかった。普通の世界しか知らない僕にとって、それはそれは恐ろしかった。
僕はお前が何かどういう者かは大体は分かってるよ。ウォカレラ、日本語で言うならば情交の悪魔。この悪魔ってのは、日本では生神に近い感じだ。人に紛れて産まれる悪魔で、花嫁と見定めた者を拐っていく。非常に賢く、花嫁と性交したウォカレラは魔術も扱うようになる。必ず悪さをするわけではないが、壮絶な執着と性欲が強いために凄惨な事になる事が多い。花嫁を見定めないまま精通を迎えてしまうと、ウォカレラの花嫁は母親となってしまう。それを避ける唯一の方法は、ウォカレラを売る事。
恨んじゃいねぇよ。そりゃあ、腹を痛めた子供の花嫁になるってなったら必死だろ。
何で知ってるかって?
日本にもな、神様や精霊はいるんだよ。
日本の神様は色んな所から流れてきた方々もいる、あの国から来なさった方もいたんだよ。
帰国した後、僕はある神社に助けを求めた。その高名な神主はこう言った「目には目、歯には歯と言います。いわくのある骨董を集めなさい」とさ。
俺は沢山の骨董を集めた、泣き声を上げる掛け軸やら、持ち主を幸福にする根付けとかな……。そして、それを切っ掛けにして、日本でも僕が知らなかった世界を知ることになったんだ。
サガル、お前は僕の体に何かしただろ?
僕の体はあの日から老化を止めてやがる。勝手なことしやがって、この見た目のせいで若造と舐められて仕事がしにくいったらありゃしない。それに、そのせいであちらさん達に触れやすくなっちまった。神様、精霊、妖怪、幽霊、霊能力者、超能力、巫女、行者、易者。オカルトのオンパレードよ。沢山、恐ろしい目に会ったし、普通の人間じゃ見れない世界の裏側も見た。
その時に悟った。彼方の存在に触れたからには避けられない運命があるって事にな……。
日本には仕方がないって言葉があるが、俺の場合は因果応報かね。神様に何かを差し出すって約束をしたならば、それを反故にはできないんだ。どんなに小細工や抗っても、結果的に沢山の死人が出るし苦しみも撒き散らす。神様は荒ぶり、その怒りは尾を引いて子々孫々苦しめ神様自身も縛る。
当たり前だな、道理がないのだから。
ただし、道理さえ通れば神様は慈悲深く対応してくれ、救いや助かる道はある。
日本ではこれを荒魂と和魂と言うんだ。
僕に道理があったか考えた。
なかった。
当時の僕は小賢しい道理を頭の中で捏ねくり回していたが、金で弱い子供を買った事実は変わらない。どんな理由があろうとも、子供を買って無給で働かせ、なおかつ手を出してはいけなかったんだ。
確かにウォカレラの瞳の力があった。
だけども、僕の心にそれを望む卑しさがあったからこそ効いた。超常の力とは、心の中にある悪心を揺さぶるだけだ。やるかやらないかは、所詮人間が決めるもんだ。
僕はそんな浅ましい人間を何人も見てきた。
僕は考えた。
何が道理なのか、サガルをどうしたいか。
サガル、お前との生活はとても楽しかった。
確かに最後は恐ろしい印象が強かったが、独り異国で働く僕に笑顔をくれた。
お前が僕の舌にあった民族料理を作ってくれたおかげで、会食が苦じゃなくなった。
僕が難しい商談を終えたら、自分の事のように喜んでご馳走を作ってくれただろう。あれは旨かった。
行き詰まったら知恵を貸してくれ、どんな時も僕の味方でいてくれた。
サガル。どんだけ考えても、僕がお前を恐れたり憎んだり怖がったりする道理はないんだよ。どうしても、お前が好きの割合がデカいんだよ。
僕はお前を荒魂にしたくはない。怒り狂い本来の優しさを失った存在にしたくない。
ウォカレラは必ず悪さをする悪魔じゃない。花嫁を手に入れる事が出来ない時のみ、暴れて災いを振り撒く。花嫁さえ手に入れれば、大人しく彼方に帰っていく悪魔だ。
お前を和魂にするには1つしかなく、それが道理で僕の心にも反していない。
サガル、お前の花嫁になると決めたのは、日本に帰って五年目の夏だ。
カーン
……誰が触るのを許した。調子に乗るんじゃねぇぞ。
お前、あれから何年経ってるか分かるか?そうだ、二十年だ。僕は六十過ぎの爺になっちまったぞ。見た目は若いが、日本では赤いちゃんちゃんこ着せられて、人生二週目って祝われる年齢だぞ。
俺が日本人だと知られてるし、はっきりとした住所は言ってはないが雑談で色々話していたから、直ぐに居場所を突き止められるって思ってた訳だ。確かに距離はあるけどお前は異常なほど優秀だったし、日本は世界でも有名な国だ。
最初はな、まあ、逃げたのは僕だ。遅いって愚痴る道理はないって待ったさ。それが更に一年二年経ち、全然来やがらねぇ。とうとう十年経った頃にゃぁ、俺は五十路を超えちまって、いつ来る今来るって待たされて、道理じゃないとは解っているが苛々していた。
それに加えて、この頃の俺は彼方の世界で有名になっちまってな。
やはり、彼方の世界でも人妻を異様に好む厄介な御仁がいるのさ。しかも、遠い異国の土地の物で珍しいってんで、興味は倍増。亭主が来る前に、ちょいと摘まみ食いって具合にな。待て待て、殺気を出すな。既に終わった事を蒸し返すんじゃない。
とまあ、殺気の有無が分かるくらい、荒事厄介事に巻き込まれ、貞操奪われたらお前が荒魂になっちまうと必死に逃げ続け、知り合いの霊能力者を巻き込んで妖怪大戦争を潜り抜け、やっっっと五年前に落ち着いた。
玄関の結界はその名残だ。
俺がこんだけ必死に頑張っているのに、相も変わらずお前は来やしない。ここまでいくと少し悲しくなってきたな。もしかしたら、お前はウォカレラの中でも変わり種だったのかもしれない。花嫁に逃げられて新しい花嫁に乗り換える、柔軟さがあるタイプかもなってな。そもそも、僕が花嫁ってのも勘違いかもしれない。お前からは何も言われなかったし、結局最後までやらなかったしな。
とまぁ、最近は諦め半分で老後の事を考えながら過ごしていたんだよ。それで、ようやっと来たと思ったら何だてめぇ。必死にお前を待っていた僕に、あんな金と地位を見せ付ける態度とりやがって。最低なプロポーズじゃねぇか、このやろう。
そりゃ怒るだろう。
怒って何が悪いか?
というか、あの四人の日本人何だ?明らかに堅気じゃなかったし、何か大きな物が入った鞄を持ってたな。
おいおい、そんなに分かりやすく顔をひきつらせるんじゃないよ。後ろの兄ちゃん達もだよ。
まさかまさか、二十年間お前を待ってお前の為に操も守っていた僕を無理矢理誘拐しようとか?
それにそれに、親から受け継いだ大切な店をもしかしたら燃やして、そこに適当な死体を放り込んで偽装工作とか?
そんな事をしようとしていたとは言わねぇだろうな。
おい……、兄ちゃん面白い事を言うなぁ。
ウォカレラは花嫁を拐う悪魔だろ?何処の世界に、求愛しといて花嫁に探してもらう花婿がいるんだ。僕はそんな玉無しに用はないね。
なあ、サガル。
何とか言えよ。
お前、玉なしか?あ?
「あ」
「あ?」
「あ……、あります」
「言いたい事はそれか……」
ガシャン
古い骨董店の玄関が荒々しく開き、そこからサガルと二人の外国人達が追い出された。
「すみませんすみません、旦那様。どうかお許しを!」
「馬鹿野郎!誰が許すか!お前、最低な返ししたって分かってんのか。二度と来るんじゃねぇ!」
「そんな!アチアチチチ」
見も蓋もなくすがり付くサガルに、片手に塩壺を抱えた骨董商が、砂掛け婆のような勢いで塩を掛けている。何かしら霊厳あらたかな塩なのか、それが掛かる度にサガルが少し焼けていた。
雇い主が出てくるまで車の中で待機し、突然そんな愉快な光景を見ていた四人の日本人は、呆れた顔で呟いた。
「ありゃあ、痴話喧嘩だな」
「母ちゃんにそっくり」
「あれ大物なんすよね」
「どんな奴も嫁さんには敵わねぇんだよ」
四人の目の前ではサガルが綺麗な土下座をきめ、その前で玄関が閉じられた。
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