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プライベートジェット1
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空港のVIP用荷物受け渡し口にて、二人の少年達が働いていた。眼鏡を掛けた褐色の肌の二人は揃いの制服を着ており、会話をしながらも荷物をカートに詰め込む手を動かしている。
「それで、サガル様はどうなったのですか?」
「泣き落としたそうです」
「や、やはりサガル様程のお方でも、怒ったお嫁さんにはそうするしかないのですね」
「はい」
「勉強になります」
生真面目な顔で頷き合う幼い少年達は、サガルと骨董商の事を話していた。
正月に再会した二人だったが、サガルが逆鱗に触れた事により、骨董商は彼を追い出し顔も見たくないと言い放った。謝っても許して貰えず、塩まみれでシクシク泣くサガルは意外と偉い立場にいる。そんな彼の憐れな姿に、サガルの部下である外国人達はたじろいで何も出来ずにいた。
そんなサガルに救いの手を伸ばしたのは、意外にもサガルが雇った清掃会社の日本人達だった。清掃会社と言ってもそのままの意味ではなく、誘拐殺人拷問等の犯罪現場の清掃及び偽装工作を行う裏世界の人間だ。
そんな彼等はサガルの恥態やら骨董商の言動で、これがいわゆる痴話喧嘩だと判断した。裏世界の仕事をしている彼等にとって、同性同士で目の前の男が塩で焼けてる程度の変な事は気にしない。ただ、嫁に叱られる辛さはよく分かっていた。
その後、落ち込んで使い物にならないサガルと二人の外国人達を連れ、飲み屋に行った清掃会社の社員は大体の事情を聞いた。そこで盛大なダメ出しをくらい、更に落ち込むサガル。彼には歴戦練磨の戦士達からアドバイスが授けられ、何とか息を吹き返した。
次の日の十時頃、サガルは一人で骨董店に訪れた。恐る恐る玄関を叩いたサガルを、骨董商は意外にもすんなりと店の中に入れてくれた。
そもそも、彼はサガルの花嫁になる事を心に決めて二十年も待っていた人間なのだ。一晩経てば冷静になり、サガルが謝りに来るかと早起きしてソワソワしながら待っていたのだった。
客間に通されたサガルは、骨董商が口を開くよりも先に己の不誠実を詫びた。そして、なぜ自分があのような行為を行ったか、一切の弁解なく説明した。その内容を聞いた骨董商は当時のサガルの心境を想像し、心の中に僅かに燻っていた怒りが消えていくのが分かった。
「旦那様、私は貴方様を愛しています。悪魔である私ですが、その想いは昔から変わりません。許してとは二度と言いません。ただ、どうか私の想いは疑わないで下さい」
畳に両手をついて頭を下げているサガルからポロポロと涙が零れ、彼の低い声が震える。大きな体を震わせて男泣きに泣くサガルに、骨董商の胸中に罪悪感がムクムクとわき上がる。同時に、こんなに綺麗な男が自分のような老人をそこまで想うのかと愛しくなった。
「サガル……頭を上げなさい。もう、怒っちゃいないよ」
「旦那様」
「僕こそゴメンよ。二十年も待っていたもんだから、いきなりお前が来てビックリしてしまったんだ。お前は逃げた僕を見付けてくれたのに」
サガルが頭を上げると骨董商は手を彼に向かって伸ばし、サガルの大きな手を両手の平で包んだ。骨董商の長い指が、まるで岩のような皮膚に沢山の傷跡があるサガルの手を撫でる。
「大きくなったなぁ、サガル。沢山、沢山、色んな事があったんだろう。お前の手はそういう手だ。苦労しながら働いて戦った男の、立派な大きな手だ。こんなに苦労したお前に酷い事を沢山言って、すまなかった」
「旦那様……」
二十年ぶりの骨董商の体温が、サガルの体に染み渡る。激動の二十年間を、誰よりも誉めてもらいたかった骨董商に誉めてもらい労ってもらえた。サガルの両目から涙が止まることはなく、骨董商の手を握り返した。
「旦那様、どうか私の花嫁になって下さい。貴方を人の世から引き離す代わりに、私の命に代えても幸せにいたします」
「そりゃ困った。お前が死んだら僕は不幸になっちまうよ」
「それでは一緒に幸せになりましょう」
「ああ、良いよ」
骨董商が幸せそうに笑いながら求婚を了承すると、サガルの瞳が無上の喜びにキラキラと輝いた。
「旦那様!」
「何だい」
「だ、だ、抱き締めても宜しいでしょうか?」
「良いよ。煙管で叩いたりしないよ」
律儀に許可をとるサガル。ちなみに額のタンコブは既に完治しており、傷の形跡もない。人外であるサガルは回復力が高いのだ。
恐る恐る骨董商を抱き締めるサガル。190㎝近い逞しいサガルに抱かれると、日本人としては平均的な体格の骨董商はスッポリと隠れてしまう。オーダーメイドのスーツ越しに感じる体は、まるで野性動物のような逞しさとしなやかさを感じる筋肉に覆われていた。おそらく、サガルが本気を出せば、骨董商の体を捻り折る事なんて簡単だろう。そんな厳つい彼が、まるで花弁を触るかのように、おっかなびっくり自分を抱き締めている事に、思わず骨董商は笑いを溢した。
すると、サガルの体臭とムスクのような異国情緒溢れるコロンが混ざり合った香りが、骨董商の鼻先をくすぐる。心地良い匂いに更に笑いを深めた骨董商は、サガルの胸に己の頭を擦り付けながら瞳を閉じた。
「素敵ですね」
「はい。サガル様にお仕えさせて頂いた日本での一ヶ月間、サガル様は心からお幸せそうでした。こんなに幸せなのが信じられないと、酒の席で泣かれる事もあったくらいです」
「サガル様、泣き上戸だったのですね」
「僕も初めて知りました」
「サガル様のお嫁さんの提案で、日本には一ヶ月も?」
「はい。サガル様のお嫁様は、戸籍や財産の整理、ご両親の墓の手配等を行いました。それ自体はサガル様がいらっしゃいますから、数日で終わっていました」
「しっかりしたお方なのですね」
「サガル様のお嫁様は、世話になった人々に別れの挨拶をしなければならないとおっしゃられ、日本中を旅致しました。実はそれは建前だったようです」
「建前?」
「お嫁様は、サガル様と旅行したかっただけだと、僕におっしゃりました」
「す、素敵です!」
「はい」
少年の一人がキャッと頬を押さえて感動し、淡々と話していた少年も深く頷いて同意した。
「僕、安心しました。僕達みたいな存在でも、お嫁さんと幸せになれるんだって」
「サガル様は特殊です。僕達は花嫁を拐うのです。それが何故、幸せになれましょう」
「分かっています。だけど、納得された花嫁を拐うという選択肢があるとないとでは、心構えが違います。それは、サガル様という前列があるからこそです」
「……そうですね」
「コジョ様とウィリアム様は荒れますね」
「はい」
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