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異国の男
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骨董商の家は、この国では高級住宅街の端にある小さな屋敷だ。
骨董商は決して金持ちという訳ではない。死んだ父の遺産により酔狂な商売を維持できるだけの資産があるが、それだけだ。日本に帰れば、東京の下町にある黒く古びた兎小屋のような骨董店が彼の家だった。
単純に、この国の防犯を考えたら此処に住むしかなく、日本円の恩恵によって懐はさほど痛まなかっただけだ。骨董商がこの商売で痛感したのは、安全は金で買うという事だった。
屋敷に帰った骨董商は少年から手を離した。少年を窺うと、ポカンと口を開いて室内を見ていた。骨董商からすると、成金趣味な安っぽい屋敷だが少年には大豪邸に見えているのだろう。この国では、比較的裕福な家庭でも掘っ立て小屋に毛が生えたような家に住むのが大半だ。
骨董商は、召使い用の風呂場に少年を放り込んだ。少年と一緒にいた骨董商は、少年の匂いに限界だった。風呂場の収用棚から、ありったけの粉石鹸と体を洗う用のブラシを取り出した骨董商は、少年から衣類を剥ぎ取った。
浴槽に入れた少年に骨董商は、「目を瞑れ」と言って粉石鹸をぶちまける。容赦なくブラシで擦り、少年はみるみるうちに全身が泡で覆われた。泡が目に入った少年が涙を流しながら脱走しようとするが、骨董商は逃がさない。ゴソッと取れた垢の塊に気が遠くなりかけながら、その手を動かした。
暫くの格闘の末、分厚い垢や埃を洗い流された少年は、リビングのソファーの上でぐったりとしていた。産まれて初めて湯を浴び、長時間浸かっていた為、湯中りをしてしまったのだ。
全裸でソファーの上に寝転び、秘所にタオルだけを掛けた状態の少年は、目眩と吐き気に辟易していた。だが、逆上せた体が冷たい外気に触れ、ソファーの荒い綿の座面を背中に感じる感触は悪い物ではないと思っていた。
今まで分厚い垢に覆われていた皮膚が、それを剥ぎ取られた事で息を引き返したのが分かる。汚かった皮膚は生来の褐色の肌に戻っている。清々しいとは、こんな気分なのだろうかと人心地ついていた所、大人の足音がした。
この屋敷の主が戻ってきたのだ。
屋敷の主は外国人だったが、少年が観たことのある白い外国人とは違っていた。肌は自分達のように褐色ではなく、白いが僅かに黄色がかっている。顔立ちは薄く、目は細く唇も薄い。髪の毛は自分達と同じような黒だが、どこか青みがかっている感じがした。
外国人に買われた自分がどうなるか分からない。ただ、餓えない程度に食べる事ができ、日に二、三発殴られる程度だったら良いなとだけ、少年は考えていた。
「気分はどうだ?」
目を瞑っていた少年の傍らに屋敷の主が立った。少年は答えようとするが、口を開いた途端に気分が悪くなり口を押さえた。屋敷の主はそんな少年を見て、その額に手を添えた。
この時、骨董商は風呂に入った直後だった。屋敷には自分しかいなかったので、所々水滴が残った体に一枚のバスタオルを巻いただけの姿である。
少年の目前に、屈んだ骨董商の湿り気を帯びた体が広がる。そのくっきりと浮かび上がる鎖骨や、レーズンのような色の二つの乳頭、盛り上がる筋肉の筋、カスタードのような黄色味が掛かった不思議な白い肌。石鹸の香りと男の体臭が混ざった香りが、少年の鼻先を擽った。
始めて見る外国人の男の裸体は、少年にとって強烈な光景だった。
青みがかっていると感じていた黒髪は、水気を帯びてさらに青々と艶めしく輝いており、そこから数滴の滴が少年の顔に落ちた。水滴の一つを舐めとりながら、少年は目を細める。
ああ、この男をお嫁さんにしたい……。
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