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裏切りの休日
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◇
軽快なインターホンを耳にし、浅いまどろみから目を覚ます。寝ぼけた頭で窓の外をぼんやり見つめた。既にだいぶ陽が高いようだ。
のろのろとベッドを抜け出し、リビングへと向かう。備え付けの玄関モニターを確かめると、見慣れた男が映っていた。
「また来たのか……」
爽やかな笑みを浮かべる大翔に呆れつつ、パジャマのままで玄関を開けた。
「あ、おはよ。ごめん、寝起き?」
「ええ、まあ……どうぞ」
曖昧に頷き、大翔を招き入れる。あれ以来、大翔はちょくちょくここへ来るのだ。
「どうしても続き気になっちゃってさぁ」
廊下を行く足取りが軽いのは、やはりあの本を心待ちにしていたからだろう。飛びつくように書棚を漁り、遠慮もなくソファに腰を下ろした。
「別に、持って帰っていただいてもいいんですよ」
「えー。だってこれ、結構高いもんだしさぁ。家にもって帰ったら汚しそうで怖いんだよね」
腹に抱えたクッションに肘をつきながら、大翔は早速ページをめくっている。淡い紫色のセーターとスキニージーンズという軽装を見るに、外はそれほど寒くないようだ。
俯いた横顔は既に真剣そのもので、普段の軽薄さなど微塵も見て取れない。その集中力を少しでも仕事に生かして欲しいと苦笑しつつ、大翔の隣に腰を下ろした。
それから二時間ほど、二人で黙々と本を読んだ。こんな時間を、もう二ヶ月以上も過ごしている。互いに大した会話もなくただ隣にいるだけだが、それがどういうわけか妙に心地いいのだ。
(なんでだろうな)
ふと疑問に思い、ちらりと大翔の横顔を盗み見た。
大翔は好みのタイプではないし、そもそもストレートだ。仕事を任せれば大抵とんでもない失態を犯すし、距離感のなさを鬱陶しく思うことも少なくない。今日だってなんの連絡もなく押しかけてきて、滅多にない自分の休日を邪魔しているのだ。それを咎める権利は当然あるし、そうするべきだろう。
他人と必要以上に深く接するのは、自分にとって最も苦手なことではなかったか。相手は、たまたま職場が一緒というだけの存在だ。仕事絡みでだけ、必要最低限の付き合いがあればいいはずじゃないか。それなのになぜ当たり前のように、こうして傍にいることを許してしまっているのだろう。
あまつさえ、居心地がいいなんて。どう考えても自分の思考とは思えない。
文字を追う大翔が小さく吹き出した。読んでいる最中に目まぐるしく変わる表情も、嫌いではない。
「……その本、そんなに気に入ったんですか」
「ん? うん。オレ、冒険小説ってめっちゃ好きなんだよね。読んでるだけでわくわくする」
大翔はふとこちらを振り向き、ふわりと微笑んだ。純粋すぎるその笑顔は、コトンと小さな音を立てて胸に落ちてくる。
(ああ、これか……)
ツキリと痛んだ心に一つ大きな発見をし、慧は胸中で納得した。自分が大翔を拒めない理由は、この笑顔にあるのだ。無邪気であどけない、純朴な笑み。
こういう風に笑う男を、もう一人知っている。
「慧さん? どうしたの?」
「……なんでもありません。邪魔しましたね」
自分でも気づかないうちに、まじまじと見つめていたらしい。きょとんとした大翔から視線を引き剥がし、立ち上がった。いい加減着替えなければ。いつまでもパジャマのままでいるというのも格好がつかない。
適当に着替えてリビングに戻ると、ソファから大翔の姿が消えていた。微かな物音を耳にし、視線を右にやる。大翔がヤカンを火にかけているところだった。
「ずいぶん自由ですね、君は」
「あ、勝手にやっちゃマズかった?」
「別に構いませんよ、今さら。なにか淹れるなら、私にもください」
「りょーかい。コーヒーでいい?」
朗らかな笑みに頷き、ベランダへ出た。目に眩しいほどの快晴だ。もうすぐ十二月に入るこの時期にしては珍しい。
目を細めながら煙草に火をつけ、ゆっくりと吸い込んだ。久々に吸いたい気分になったのは、つい先ほど気づいてしまった事実があまりにも重かったからだ。
まさか自分が、無意識とはいえ、朋久と大翔を重ねて見ていたなんて。できれば気づきたくなかった。大翔とあいつは笑い方意外、似ても似つかないというのに。
霞むような薄い青空を見上げ、溜め息をついた。あの日もこんな風に晴れていたのだ。
遠くから聞こえるクラクションの音と東京特有の埃っぽさだけが、あの日とは違っている。十年という月日は長いようで、とても短かった。
「慧さーん、コーヒー淹れたよ」
カーテンの隙間から大翔が顔を覗かせ、こちらを見て目を丸くする。
「あ、煙草吸ってる」
「すぐ戻ります。寒いなら閉めてくださって結構ですよ」
驚いたように自分を注視している大翔に微笑みかけ、ベランダの手すりにもたれて階下を見下ろした。
「なに? なんか見えるの?」
興味津々といった様子で大翔がベランダに出てくる。つっかけも履かず、素足のままだ。その足でまた室内に入る気だろうか。
「なんだ、特になにもないじゃん。ってか寒っ!」
「君、恋人はいないんですか」
ちらりと浮かんだ疑問とはまったく無関係の質問が口から漏れる。
「え?」
大翔は唖然と目を見開いたが、一番驚いているのは慧自身だ。一体なにを思ってそんなことを聞いているのか、自分でも分からない。
ただ、興味があるのは確かだ。こうして週に一、二度は家に迎え入れ、仕事を含めればほとんど毎日のように顔を突き合わせていながら、自分は大翔のプライベートをほとんど知らない。対して、大翔はこちらのプライベートを八割がた知っているのだ。これはどう考えてもフェアではないだろう。
「恋人かぁ……うーん」
視線を合わせることなく紫煙を燻らせていると、大翔は困惑したように頬を搔く。
「恋人は、いないよ?」
「そうなんですか。意外ですね」
大翔ほど見目のいい男なら相手には困らないだろうに。
「でも好きな人はいるよ。まあ、まったく相手にされてないんだけどさ」
「片想いですか。若いですねぇ」
照れたような笑みに苦笑を返すと、大翔はいささかムッとしたように唇を尖らせた。
「若いって……。慧さんとオレ、四つしか違わないじゃん」
「四つも違えば、色々と噛み合わないものですよ」
事実、同い年の人間とすらすれ違った。まあ、あの場合は自分があまりに異質な存在だったせいだが。
「慧さんは? 誰かいるの?」
ここぞとばかりに大翔が好奇心を発揮し、こちらの顔を覗き込んでくる。余計なことを聞かなければよかったと、今さら後悔してももう遅い。
「好きな人とか、恋人とかさ」
「いませんね」
即答した。いてたまるか。
「恋愛なんてそんな下らないこと、今まで一度も経験したことはありませんよ」
こうして煙草を燻らせながら言葉を吐けば、矮小な自分も少しは大人びて見えるような気がする。実際のところ、中身は中学の頃から微塵も成長していないなどという事実は黙殺した。
「まさか、失恋したこともないとか言うつもり?」
朗らかな笑いを含んだ声が鼓膜を揺らす。ちらりと視線を向ければ、手すりに顎を乗せた大翔が真っ直ぐにこちらを見ていた。
「なわけないよね? それじゃあ、慧さんが人間不信になった理由に説明がつかないじゃん」
核心をついた疑問にこめかみが引きつった。
(まったく、この男は……)
鋭いにも程がある。普段は呑気でなに一つ考えていなそうな顔をしているくせに、こういうなにげない一言が曲者だ。
真っ直ぐすぎるような視線から目を逸らし、深く煙を吸い込む。
「……まあ、いましたよ。確かに。でも、最初からどうにもならないことだったんです」
どういう風の吹き回しだろうか。自分が他人にこんなことを話す気になるなんて。
「どうにもって、相手に相手がいたとか?」
「そんなところです」
まさか馬鹿正直に自分の性癖を打ち明けるわけにもいかないため、適当なところで誤魔化した。
「そっかぁ……でも、それでなんで、そこまで人間嫌いになったの?」
「そこまでって……。私はそんなに人嫌いではありませんよ」
反論した傍から嘘を自覚する。
(ああそうだよ。俺は他人が嫌いだ。どいつもこいつも、勝手に期待して、一人で盛り上がった挙句に幻滅して、結局はいなくなる)
好きだとか嫌いだとか、そんな言葉にどれほどの意味があるというのか。最初から最後まで、他人同士は分かり合えない。そういうふうにできているのだ。
「他人の感情に振り回されるのは面倒なんですよ。必要以上に深く関わっても、自分にとってなに一つメリットがない」
短くなった煙草を室外機の上に置いた灰皿で揉み消しながら、大翔の質問に答えた。大翔はほんの少しだけ眉をひそめる。
「面倒だからってずっと他人を遠ざけてたらさ、一人ぼっちになっちゃうじゃん」
「いいんですよ、それで」
これは強がりでもなんでもなく、本心だ。
「人間なんて誰しも一人なんですから」
誰といようが、一人は一人だ。断言することで、その思いはますます強固になった。
こちらの言葉に、大翔はやや気圧されたような顔をする。
「そんなこと言ってさ。時々、無性に寂しくなったりしない?」
「まさか。……君は、私がそんなに弱いと思っているんですか」
見当外れの問いに吹き出すと、大翔は薄く微笑んで首を横に振る。なんだか、大翔の方がよほど寂しそうな顔をしていた。
「慧さんは強いと思うよ。……諸刃の剣だけどね」
後半の呟きは、吹きつけた寒風に紛れてしまい、こちらの耳には届かなかった。
「ってか、そろそろ入ろうよ。超寒い」
「そうですね」
いい加減、コーヒーが冷めてしまう。今さらのように奥歯を噛み鳴らす大翔に頷き、部屋へと戻った。
いささか余計なことを喋りすぎた気がするが、大翔のことだ。数時間もすればすっかり忘却してくれるだろうと楽観視し、内省はしないことにする。
多少温くなったコーヒーを飲みながら読書に戻り、程よく読み終わった頃合を見計らって大翔が話しかけてきた。
「慧さん、今日は完全オフなんだよね?」
「ええ。急な欠員が出ない限りは」
「じゃあさ、一緒に出かけようよ」
ソファの上に無遠慮も甚だしく胡坐をかいた大翔が、身体をこちらに向けて言う。唐突な提案に驚いたが、時刻を見れば午後二時過ぎとまだ陽のある時間だ。出かけるのに支障はない。が……。
「どうして私が、せっかくの休日に君と二人で出かけなければならないんですか」
そこまで仲良くなったつもりはないし、なるつもりもない。そういうニュアンスを込めて大翔に一瞥をくれた。が。
「オレさぁ、古本屋行きたいんだよね。慧さんならおすすめの場所とか、穴場とか知ってそうだから。ね、一緒に行こうよ」
大翔はこちらの拒絶など意にも介さない様子で好き勝手なことを言う。遠慮も距離感も知らない大翔相手に、慧は一考した。
強硬に「行かない。一人で行け」と突っぱねることはできるが、そうした場合は今後も似たような誘いが繰り返されるだろう。それもまた面倒だ。それに、古書店巡りは自分にとって数少ない趣味の一つでもある。
まさかそれを知って誘いかけてきたわけではないだろうが、たまには少しばかり遠出してみるのもいいだろうという気になった。
「まあ、いいでしょう。行きますか」
「ほんと? やったっ!」
大げさにガッツポーズを取る大翔がなにを考えているのか、こちらが頭を悩ませても仕方がない。どうせなにも考えてなどいないのだ。
早くもいそいそと身支度を整えている大翔を尻目に、自分も手早く出かける準備した。と言っても、財布と携帯をジーンズのポケットに突っ込み、灰色のトレンチコートを羽織っただけだ。バッグを持ち歩くのは好きじゃないので、手ぶらを貫く。
気の早い大翔は既に玄関の扉を大きく開け放ち、踵を鳴らしながら待っていた。こちらを見るなり息を呑み、目を見開く。
「わ……そういう格好も似合うね。なんか、大人びた高校生みたい」
「それ、褒めてませんよね」
自分が童顔なのは認めるが、大翔にだけは言われたくない。立ち振る舞いや言動が常に小学生じみているこいつにだけは。
「慧さんもモデルやれば? 絶対売れると思うよ」
「興味ありません」
路上スカウトをかわす時の迅速さで切り返し、大翔を置いてエレベーターへと向かった。冬晴れの空は明るいが、吹きつける風は残酷なほど冷たい。大翔は微かに身震いしながらこちらに顔を向けた。
「で、どこ行くの?」
「神田古書店街に行こうと思っています。知っていますか?」
「聞いた事はあるけど、行ったことないや」
「楽しいですよ」
神保町駅を出てすぐの靖国通り沿いとその近郊に、百五十軒以上の古書店が集結しているのだ。各古書店はそれぞれに専門分野を持っており、専門誌や洋書、哲学や図鑑など、コレクター垂涎の古書を手広く網羅している。もちろん、小説専門の古書店もかなり多い。
本が好きなら、一度ならず二度三度、否、いっそ毎日のごとく通いつめてもいいくらいだ。東京に引っ越す際、どうして神保町近辺に物件を探さなかったのだろうと、今でも悔いている。
自分らしくもなく浮き足立っていたのだろう。クスクスとした忍び笑いを耳にし、ふと大翔を振り返った。
「慧さんが楽しいって言うの、初めて聞いたかも」
「それがなんだって言うんですか」
そんなどうでもいいことをいちいち記憶していてどうするのだ。心底呆れながら鼻を鳴らし、人いきれで溢れかえった池袋駅の構内に足を踏み入れた。三連休初日とあって、人口密度は平日の比ではない。
「うわ、これ……電車乗れるかな」
大翔の懸念も頷けるほどごった返した構内を過ぎ、有楽町線のホームへ向かう。階段の中ほどまで人で埋まっていた。
「皆、なにを好き好んで休日に出かけようと思うんですかね」
うんざりしながら溜め息をつく。
「そういうオレたちだって、そうじゃん」
はぐれないように密着している大翔の身体が揺れた。笑っているらしいが、声すらよく聞こえない。
(これはきりがないな)
電車はひっきりなしにやってくるというのに、列は一向に動く気配がなかった。
「慧さん、こっち」
「え、ちょっ、」
いきなり腕を掴まれ、ぎくりとする間もなく大翔が身を捩る。引きずられるようにして人々の間隙を縫い、なんとかホームの前列まで食い込んだ。
「もうさ、次のに乗っちゃおうよ。これじゃ順番もクソもないって」
いつになく乱暴な口調で大翔が言う。もしかしたら人ごみが苦手なのかもしれない。ちょうどいいタイミングで電車が滑り込んでくる。重い荷物で辟易した車体がゆっくり停止し、気の抜ける音を立てて扉が開いた。だが、車内もはちきれんばかりに人が乗っている。
「乗れませんよ、これ。次のを待ちましょう」
「んなこと言ってたら、いつまでも乗れないって」
強引に腕を引かれ、閉まりかけのドアに飛び込んだ。息苦しいほど圧縮された人口密度に顔をしかめたが、なんとか乗車はできた。
硬く閉ざされた鉄製の扉に背をつく。大翔は自分を庇うようにして、両手を扉についていた。不本意ながら、自分が他の乗客に押し潰されずに済んでいるのは大翔のおかげだ。吐息が頭上に降ってくるたび、いたたまれない気分になる。
「どこで降りるんだっけ?」
「市ヶ谷で乗り換えです」
雑音がひどいせいで、これほど近くにいても互いに怒鳴るような声を上げなければならない。
「どこ?」
聞き取れなかったらしい大翔が不意に顔を寄せてくる。あまりの至近距離に、意味もなく鼓動が早まった。
大翔は男だ。断じて好みのタイプではないが、見目は合格点を上回る一級品なのだ。妙な意識を持つなと自分にきつく言い聞かせれば言い聞かせるほど、神経が過敏になっていく。
「市ヶ谷で、乗り換えですよ」
同じ台詞を繰り返すと、大翔がふわりと微笑んだ。独特な色香を纏った微笑みに頬が紅潮していく。
(馬鹿じゃないのか、俺は。相手は大翔だぞ)
好みじゃない。好きじゃない。けれど、どうしても目を向けずにはいられなくなりつつあるその相手から視線を俯け、唇を噛み締めた。
ふとした拍子に香ってくるハーブの匂いが、大翔の存在をまざまざと意識させる。できるだけ呼吸を浅くし、努めて平静を装った。
市ヶ谷まで、あとなん駅だろうか。早く離れたい。このままでは窒息しそうだ。
「大丈夫? 酔った?」
耳元で囁くような声が聞こえた。思わず身を捩り、顔を背ける。できることならこのまま扉伝いにずるずると座り込んでしまいたかった。大翔の腕の中から逃れるには、それしか方法がない。
だがさすがにそんな異様なことをするわけにもいかず、慧はただひたすら無言を通して俯いていた。
ようやく市ヶ谷駅につき、扉が開いた瞬間、転がるようにしてホームに飛び出した。ひどく喉が渇いている。
池袋駅に比べればだいぶ少ない人ごみを潜り抜け、一直線に売店を目指した。
「待ってよ慧さん。はぐれちゃうって」
慌てたように電車を飛び降り、大翔が追ってくる。よく通る大翔の声は当然聞こえているが、立ち止まりはしなかった。
売店は長蛇の列だったため、隣の自販機で水を購入し、一気に飲み干した。
「ほんとに大丈夫? 顔色変だよ」
「……少し酔っただけです」
気遣わしげな視線を振り払いながら、空になったボトルをゴミ箱に投げ入れる。
「オレもかなり人酔いするタイプなんだよね。東京に住んでること自体、ぞっとする」
大翔は肩を竦めて笑いつつ、甘ったるそうな缶コーヒーのプルトップを起こした。
「ちょっと休憩しよっか。神保町駅なら、新宿線だよね」
「ええ」
乗り換えの電車も同じように混んでいるだろうことを考えると、確かに少し休んだ方がいいかもしれない。
都合よく空いた待合用のベンチに並んで座り、そろって溜め息を吐き出した。
「あー、ほんとにまいった。満員電車なんかこの世から消えてくんないかな」
「それは無理でしょうね。むしろこの先、東京はもっと人口が増えていくでしょうし、全ての電車が曜日も時間も関係なく満員になる日も遠くないかと」
「うげー。嫌な予言しないでよ」
大翔はあからさまに顔をしかめた。
「そうなったら、オレは東京から逃げ出すもんね。電車が二時間おきにしか来ないド田舎に引っ越してやる」
自棄気味にコーヒーを煽る大翔に、思わず声を上げて笑ってしまった。
「そんな片田舎に住んだら苦労しますよ。私の地元がまさにそんな感じでした」
「え? 慧さんって東京出身じゃないの?」
「生まれは山梨ですよ」
そう言えば、誰にも話したことがなかった。聞かれなかったからというのが大きな理由だが、そもそも自分は、能動的に自らを語ろうとは思わない。
どこで生まれ、なにを思って育ち、現在(いま)に至るかなど。そんな思い出話はなんの役にも立たないばかりか、煩わしい。思い返したくもない過去の出来事を払拭するため、わざわざ東京に引っ越してきたのだ。
なのに今日に限って、大翔に限って、こんな益体もない自らのプロフィールを公表してしまっている。真っ直ぐな瞳に穏やかな笑みを見つければ、つい口が軽くなってしまう。
「静岡寄りの田舎町だったので、家の窓からは富士山がよく見えたんですよ。知ってますか? 富士山は早朝の霞の中、遠目に見るのが一番綺麗なんです」
「へぇ……いいなぁ。見てみたい。オレ、富士山って写真か絵でしか見たことないんだよね」
「見に行けばいいじゃないですか。まあ、一、二度見れば飽きる人もいますけどね。私みたいに」
純粋に羨んでくる大翔に軽口を返し、膝の上に頬杖をついた。
「慧さんと一緒に行きたい、って言ったら、一緒に行ってくれる?」
「は?」
冗談めかした問いに目を見開き、まじまじと大翔を見つめる。聞く限りではどこまでも軽い口調だったのに、大翔の目は息を呑むほど真剣だ。
「本気で言ってます?」
「うん、もちろん。慧さんの生まれ故郷、見てみたい」
「どうして」
詰問が口から飛び出す。どうして、そんなものを見たいと思うのか。あの街にはなにもない。嫌な思い出以外、なにも。
「どうしてって、言われてもなぁ」
大翔は困ったように笑い、頬を搔いた。
「興味があるから、じゃダメ?」
「興味、ですか。それはつまり、好奇心ということですね」
だとしたら、発揮する場所を間違えている。自分という箱を開けたところで、その好奇心が満たされるほどのなにかは入っていないのだ。
「一緒には行きません。あの街は、私にとって忌まわしい場所なので」
できることなら、二度と足を踏み入れたくない。そう言うと、大翔はほんの僅かに目を細めた。淡い色の瞳に、哀しみと同情がありありと浮かんだのを目にし、慧の心は急速に冷えていく。
この男に同情されるいわれはない。
「そろそろ行きましょう」
視線を逸らすと同時に立ち上がり、大翔の同意も得ずに歩き出した。
らしくもなく余計な会話をするから、こうして後悔するはめになる。
大翔は無言のまま、一定の距離を保ってついてきた。これ以上踏み込ませまいと硬く閉ざしたこちらの心を、大翔は機敏に読み取っているらしい。
自分から開示しておいて、拒絶するなんて。どう考えても矛盾している。この沈黙は、言わばこちらの一方的な八つ当たりだ。
「ほんとはどこでもいいんだよ」
新宿線のホームに降り立ち、何本かの満員電車を見送った後で、大翔が小さく呟いた。
「慧さんと一緒に出かけられるなら、どこでもいいんだ」
霞むような小声に、どこか切実な感情がこめられていたような気がして、思わず大翔を振り仰ぐ。
「だからさ、今から行くとこも、すごく楽しみなんだよ」
なに一つ飾らない、単純すぎる言葉をここまで素直に伝えてくる人間など、いままで会ったことがない。呆気に取られ、ただ大翔を見つめてしまった。
大翔がなにを考えているのか、まったくもって分からない。自分と一緒に出かけられればそれでいいなんて、一体どういうつもりで言っているのだろうか。
(どうせ、誰にでも同じようなことを言ってるんだろうな)
大翔は、他人と近しくなることを厭わない性格なのだ。自分とは百八十度違う。
特別な意味などあるはずもない。ただ、味方を一人でも多く作りたい性分なのだろう。その期待に、自分は応えられない。
例え大翔が心底困窮していようと、どれほど危険な目に遭っていようと、自分はそれを黙殺して通りすがるだろう。そういう冷酷さを自覚しているからこそ、必要以上に他人と関わりを持たないようにしてきたのだ。
「君が私にどんなイメージを持っているのか知りませんが……」
大翔から視線を逸らし、乾いた唇を薄く開いた。もはや自嘲を隠し切れない。
「私は卑怯な人間なんですよ。常に自分のことしか考えてませんし、君が言ったとおり、他人を信用することもできない。……空っぽなんです」
「そうかな?」
柔らかだが、鋭い否定が返ってきた。
「オレから見れば、慧さんは卑怯っていうより、卑屈だよ。他人を信じられないなんて言ってるけどさ、慧さんが一番信じられないのって、ほんとは自分なんじゃないの?」
一瞬、眼前の景色が真っ白にはじけ飛ぶほど、痛烈な指摘だった。しばし呼吸すら忘れ、呆然と目を見開く。
「は……」
乾いた笑いが漏れた。
まいったと言うしかない。このなにも考えていなそうな男が、その実とんでもない洞察力を持っていたことに、今さら気づく。
自分自身ですら気づけなかった内奥を、この男はどうやって見抜いたというのだろう。
「……君は、時々恐ろしいですね」
「あ、ごめん。なんか、気に障った?」
怯えたような顔をしている大翔が可笑しくて、つい笑ってしまう。
滑り込んできた電車に乗り込む際、出遅れた大翔の腕をこちらから引いた。
「神保町に着いたら、まずはお昼にしませんか。お昼、というには少し遅いですけど」
取り繕うことなく微笑みかけると、大翔も強張っていた頬をあっさりと緩ませる。
「うん、そうしよ。実はオレ、超腹減ってるんだ。焼肉とか、がっつり食べたい気分」
「そんなヘビーな食事はごめんですよ」
「じゃあイタリアンは? パスタ」
無邪気な声音で代替案を口にする大翔に悪くないと頷き、過ぎ去っていく車窓の景色をぼんやり眺める。いつの間にか、空は灰色になっていた。
神田古書店街はいつでも本好きで賑わっている。大翔も自分も目当ては小説なので、そのジャンルに特化した店を片っ端から見て回った。靖国通りから細道を一本下った先にある『一夏(いちげ)書林』は数ある古書店の中で最もおすすめだ。
「すっげぇ……これ全部百円?」
「そうだよぉ。十冊買ったら一冊おまけしてあげるからねぇ」
こじんまりした古めかしい店内はぎっちりと書棚で埋め尽くされている。数十年、あるいは百年近く前の小説もあれば、近年発売された割合新しい小説もある。そのどれもが一冊あたり税込み百円と安価で、保存状態も素晴らしいのだ。店内は薄暗く、どこか人嫌いの様相を呈しているが、どの書棚も手入れが行き届いていて塵一つ積もっていない。
八十を越えようかというご老体の店主が柔和な笑みで浮かべ、物珍しそうに棚の間を行ったり来たりしている大翔を眺めていた。
「うわっ! この本、小学生のとき読んだやつだ。懐かしい」
大翔は次から次へと本を手に取っては、ひとり勝手にはしゃいでいる。その様子を見る限り、お気に召したようだ。
「ヤバイ。ちょっとテンション上がってきちゃったかも」
「君はいつもハイテンションじゃないですか」
浮き足立っている大翔を放置し、自分も書棚の間を右往左往する。どれも読みたいが、これだけ選択肢が多いと却って悩むものだ。
小一時間もいただろうか。結局、会計に向かう頃には三十冊以上の文庫本を抱えていた。
「え、そんなに買うの?」
本気で驚いている大翔だって、軽く十冊は買っている。
「よっぽど本が好きなんだねぇ。毎度。また来ておいで」
店主は人懐こい笑みを浮かべた店主に見送られ、腕が抜けそうなほど重いビニール袋を両手に提げて店を出た。
「一個持とうか?」
「大丈夫です。郵送しますから」
さすがに帰りの道中、この重い荷物を抱えて満員電車に揺られるのはきつい。それに、寄りたい場所もある。
店を出たその足で一直線に郵便局へ向かった。段ボールを購入して自宅宛に郵送する。届くのは明日の午前中だ。
「せっかく安く買ったのにさ、送料かかったら意味ないじゃん」
「そんなこと気にしませんよ。読書に出し惜しみはしない主義ですから」
これだけたくさんの書物を手に入れられたのだ。たとえ送料がかかろうと、満足度は充分。むしろお釣りがくる。
「ほんとに本が好きなんだ。週に何冊くらい読むの?」
「さあ……仕事がある日は三冊ほどしか読めませんからね。その分、休日は七、八冊読みます」
「一日でっ? そんな気力、どっから沸いてくんの」
「君にだって、時間も気力も、疲労すら関係なく夢中になれるなにかはあるでしょう」
誰しも、好きなことは延々と続けられるものだ。そう言うと、大翔は少し考えた後でゆっくりと頷いた。
「うん。オレはモデルの仕事がそんな感じ。どんなに疲れてても、めっちゃ時間がかかる撮影でも、本気で楽しいって思うよ」
「そういう〝なにか〟に出会えるのは稀有な幸運です。大事にしてくださいね」
年輩者ぶってうっかり余計なアドバイスを口にしてしまい、若干気恥ずかしくなった。だが大翔はそんな自分を揶揄するでもなく、真摯な瞳でこちらを見ている。
「一生、大事にする。好きなことも、好きな人への想いも」
大翔は自らに言い聞かせるように力強く頷いた。柔らかな微笑に目を細め、慧もまた微笑む。
「そうですか」
「うん」
満面の笑みで頷く大翔もどこか照れくさそうだ。
「かけがえのないものってさ、やっぱりかけがえがないものなんだよね」
「当然でしょう」
こんな青臭い会話ができるのも今ぐらいだろう。もう少し年を食えば、斜に構えた考え方で一蹴してしまうような信念も、二十代ならまだ、照れながらでも口にし合える。
――そんな相手がいればの話だが。
そういえば、こんな気恥ずかしい会話を他人としあったことは今まで一度もなかった。大翔相手だと、どういうわけか気が緩んで余計なことを口走ってしまう。
互いにつかず離れず、並んで駅まで歩いた。隣にいるやかましい男がらしくもなく無言であっても、その沈黙は決して重くない。
埃っぽい街の喧騒も、賑やかしい人々の声も、あの街の静寂と逸れに付随する悪夢を払拭するには打ってつけだ。大翔は東京が嫌いだというようなことを言っていたが、自分はこの街が嫌いではない。
「……慧さん、さ」
クラクションの音に紛れて大翔がなにかを言った。ちょうど駅前の交差点に差し掛かり、点滅する信号に立ち止まる。
「なんですか?」
振り返って聞きなおした。
「ううん……なんでもない」
力なくはにかみ、大翔が視線を背ける。どうにも様子がおかしいが、今に始まったことでもない。
「私はこれから用事がありますので、ここで」
駅の改札前で大翔を振り返った。
「あ、そうなんだ。どこ行くの?」
「別にどこでもいいでしょう。君には関係ありません」
質問の多い奴は嫌いだ。大翔の詮索に閉口し、突き放すように答える。これ以上踏み込ませるわけには行かない。
「一緒に行っちゃダメ?」
「いい加減にしてください。私には私の予定があるんですよ」
新宿二丁目のバーへ顔を出しにいく予定なのだ。さすがにそこまでついてこられては堪ったものではない。
「だって……オレ」
ほんの少し傷ついたように目尻を下げた大翔から顔を背け、別れの挨拶も口にせず改札を抜けた。
「慧さん!」
突然の大声に、周囲の人間が何事かと足を止める。慧もぎくりと動きを止め、思わず振り返ってしまった。
目が合うと、大翔は心底嬉しそうに顔を綻ばせ、両手を口に添えてスッと息を吸い込む。
「今日はありがと! 楽しかった!」
構内中に響き渡る声で、大翔が言った。それだけなら、迷惑な奴だと笑い飛ばせただろう。だが。
「あとさ!」
続く言葉に、慧は絶句する。
「オレ、慧さんのこと本気で好きだから!」
(な……っ)
想定外の事態に思考が完全停止する。
なにを言っているんだあの馬鹿は。大衆の面前で、しかもあんな大声で。
開いた口が塞がらない自分に、周囲の人間たちが奇異な視線を向けてくる。大翔は意にも介さず吹っ切れたような笑みを浮かべ、大きく手を振っている。
束の間、時が止まった。
「なん、だって……?」
呆然と呟いた自分の声は、あまりにも不吉に掠れていた。
『本気で好き』? それはどういう意味なんだ。
「ありえない……」
悪夢のような一瞬が過ぎ、身じろぎもできない自分に多くの人が肩をぶつけていく。
よろめくように一歩二歩と後ずさり、次の瞬間、逃げ出した。
鼓動が激しく脈打っていることさえ、煩わしくて仕方がない。
込み合った電車に飛び乗り、手すりにすがりついたとき、初めて自分の身体が震えていることに気づいた。
なにがどうしてこうなった? つい先ほどまで、何事もない休日を――自分にしては珍しく他人と時間を共有していたが、それでも平凡な休日を過ごしていたはずではないか。
裏切られた――。不意にそんな感情が湧き起こる。
大翔のことは、嫌いではなかった。性的な対象ではないにせよ、傍においてもさほど邪魔に感じない程度には気を許し始めていた。他愛ない会話も、目まぐるしく変わる表情も、本音を言えば少し気に入っていた。
なのに、たった一言で、その信頼は嫌悪感にすり替わってしまった。まさか、ストレートの大翔に『好き』だなんて言われるとは思ってもみなかったのだ。爪の先ほども。
妙に近しい距離感を保ってくる男だとは思っていた。もとより警戒心が薄いのだろう。大翔は誰に対してもあんな感じだったから、自分を特別視しているなんて考えたことはなかった。
大翔は本気で、あんなことを言ったのだろうか。同性の自分に、本気で好きだと言ったのだろうか。
「そんなわけあるか……」
ありえない。どうしたらストレートの男が、ゲイの男を好きになったりするのだ。逆ならともかく、ありえない。仮にそんな感情を抱いたとしても、それは勘違いだ。
恋愛なんてすべてフィクションだと、慧は常々思っている。誰かが誰かに出会い、恋をして愛し合い、永遠の幸せを手に入れる。そんなおとぎ話は実現不可能なのだ。出会えば別れる。恋をしても冷める。愛し合ってもいずれは飽きる。幸福にはいつか必ず終わりが訪れる。
仮に大翔の告白が本気のものであったとしても、それがどうしたという話だ。男女の恋愛ですら必ず終焉を迎えるというのに、同性同士で恋愛ごっこができるとでも思っているのだろうか。
「っ……くそ」
どれだけ食いしばっても、唇から苦々とした呻きが漏れ出す。手すりに額を預け、ひたすら震え続ける身体をごまかした。
好きだなんて、言われたくなかった。聞きたくなかった。自分は他人の心を信じられない。素直に喜ぶなんて、一生かかってもできはしないだろう。
大翔を憎からず思っていたことは認める。性的な対象として考えたことも、ないとは言えない。内心ではずっと、好みのタイプじゃないと否定していたのだ。そういう目で考えていたのは今さら誤魔化せなかった。
底抜けに明るく、少しばかり鬱陶しい、年下の男。やること為すことすべてが無茶苦茶で、無遠慮で、考えなしだが、決して憎めなかった。きっと、大翔が持つ芯の強さに知らず惹かれていたのだろう。
飾らない言葉と笑顔を、ただひたすら真っ直ぐに向けてくる大翔に気を許し、いつのまにか傍にいることが当たり前になりつつあった。居心地がいいと思っていたのも確かだ。だが……。
だからといって、自分も大翔のことが好きだなんて言うつもりはない。好みのタイプじゃない大翔を傍に置いていたのは、単に気が合うからだ。恋愛感情とはまったく違う。
大翔のことは、今だから認めるが、友人だと思っていた。他人嫌いで人間不信の自分がそんな風に思うなんて、相当に稀なことだ。そういった意味では、大翔は確かに特別で、大切な存在だった。
だがそれも今日限りだ。あんなことを言われてしまえば、もう今までのように付き合うことはできない。恋人同士になんて天地がひっくり返ってもなれはしないし、友人として今までどおりに接することも、もう出来ないだろう。大翔はともかく、自分は。
(無理に決まってる……)
自分は他人の感情を一切信じない。『好き』と言われれば言われるほど、急速に心が冷めていくのだ。そんな感情は一時の勘違いだと知っている。どうせあっという間に飽きて、自分の傍から離れていくのだ。大翔だって、例外ではない。
大翔の気持ちが仮に、百万歩譲って本気だったとしても、それがいつまで続くかなんて誰にも保障できない。大翔自身にすら。
人の気持ちは、必ず変わる。永続する感情なんてこの世界には一つもないのだ。それを信じて、いずれ必ず訪れるだろう〝終わり〟に怯えるくらいなら、最初から信じない方がよっぽど賢い生き方だ。
誰かの感情に期待し、振り回された挙句に一人放り出されるくらいなら、最初から一人でいたい。そう思っていた。十年前から、ずっと。
過去の傷もまだ塞がりきっていないのに、これ以上傷つくのはごめんだ。
新宿へ足を向ける気力を失い、来た道筋を逆に辿って帰宅する。
玄関先でコートを脱ぎ捨て、着替えもせずベッドに身を投げ出した。
枕に顔を埋め、唇を噛み締める。大翔の顔が頭をちらつくたび、言いようのない苛立ちが込み上げた。
あんな直球な言葉を、恥じらいもなく、誇らしげに口にするなんて、どうかしている。それで全てが変わってしまうだなんてことを、あの男は露ほども思わなかったに違いない。
(明日からお前はもう、俺にとってはただの他人だ)
もう家にも入れないし、本も貸さない。仕事上の会話は仕方ないとしても、それ以上の会話は一切しない。そう決断すると、指先から心臓までが痺れるように痛んだ。
本当に、どうしてこんなことになったのだろう。
(あいつがあんなことを言わなきゃ、悪くない休日だったのに……)
満員電車に押し詰められたことも、並んで入ったイタリアンがそこそこ美味しかったことも、一緒に古書店巡りをしたことも、悪くなかった。いっそ楽しかったとすら思うのに。
最後の最後で、裏切られたのだ。
寝返りを打って、目元を腕で覆う。歪な笑いが漏れた。
「馬鹿な奴だ……」
大翔も、自分も。いつの間にか、他人同士としての境界線を踏み越えてしまっていた。その油断がこの結果だ。
人は生まれてから死ぬまで、ずっと一人だという持論は今も変わらない。多少気の合う友人の一人を失ったくらいでは、大した痛手にもならないはずなのだ。
こんな胸の痛みなど、気のせいに違いない。
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