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傍にいて欲しいのは――
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夕食を摂り終え、深夜近くまで執筆に時間を割いた。もうすぐ締め切りとあって、ここらでページを稼いでおかないと最後の方で行き詰まってしまうのだ。
ひと段落ついた頃、前のめりに向かい合っていたパソコンから身体を離し、強張った肩の筋肉を交互に揉み解す。長時間のデスクワークが全身の血行不良を招いていた。
目頭を押さえて溜め息をつく。さすがに疲れた。
洸季の過去を知ったことに後悔はないが、予想以上のダメージを負っている。あんなものを洸季はたった一人で何年も抱えていたのだ。そう思うだけで息苦しくなった。
気だるい脚を踏ん張って立ち上がり、私室を出てリビングへと向かう。真っ暗なキッチンで一人麦茶を飲んでいたとき、冷蔵庫の明かりにぼんやりと照らし出された影に気づいてぎょっと振り向いた。
「洸季……お前なにやってんだ」
明かり一つないリビングのソファで膝を抱える洸季に、正直心臓が竦み上がるほど驚いた。
洸季はこちらの呼び掛けにも反応しないまま、表情を削いで床の一点を見つめている。
「眠れないのか?」
そっと近づいて問い掛けると、緩慢な動きで洸季が顔を向けた。亀裂の入った瞳が不安定に揺れている。
また、この目だ。ここにいないような、遠い目。
小さく胸を痛めながら、洸季の腕を引いて立ち上がらせた。とにかく早く横にならせた方がいいが、一人にはさせられない。
今にも倒れそうなほど青白い顔をした洸季の手を握り、自分の寝室へと向かった。洸季は無言のまま俯いて、時々ふらつきながらも自分についてくる。
寝室の扉を閉めて、洸季を深く抱き締めた。呆然としたままの洸季にそっと口づける。
触れて、離すだけのキスを繰り返した。こんなことしかできない自分が心底もどかしい。
けれど、今はいくら言葉を重ねても届かないと分かっている。だからせめて温もりを、互いが生きている証を知らしめるしかないのだ。
「っ……」
薄く柔らかな唇を軽くついばむと、微かだが洸季が肩を跳ねさせた。それに気づいて唇を離し、まじまじと視線を交わす。
「あ……、あの、」
やっと自分を捉えた洸季が唐突に赤らむのを見て苦笑した。
「反応遅ぇんだよ、いつもいつも」
「ごめん、その、考え事してて……」
しどろもどろに答える洸季をベッドに座らせ、間接照明をつけた。
「考え事って、なんだ?」
どうせろくでもないマイナス思考に決まっていると分かりながら問い掛ける。洸季は長いこと返答に窮していたが、辛抱強く待ち続ける自分にはどうあっても隠せないと悟ったのだろう、小さく吐息を零し、口を開いた。
「オレは……いつまでここにいていいのかなって……」
その言葉に、知らず肩が下がる。
〝愚問〟というのはこういう問いを指して言うのだ。
「んなもん、好きなだけいりゃいいだろ」
馬鹿馬鹿しいと溜め息をつく。だが洸季は少しも嬉しそうな顔をしなかった。
仄暗い瞳に映り込んでいるのは底知れない不安と猜疑心だ。
それを目の当たりにし、僅かに苛立った。
「お前、俺がいつかお前を追い出すとでも思ってんのか?」
「そんなこと、ないけど……」
けど、の先に続く言葉は、やはり疑いなのだろう。
そう悟った瞬間、決心がついた。
洸季の過去を知って以来ずっと迷っていたが、やはり話しておくべきだ。
「最初に謝っとく。悪かった」
「え、な、なにが?」
戸惑う洸季の隣に腰を下ろし、開いた膝の間で手のひらを組んだ。
「ダチに頼んでお前のことを調べてもらった。……勝手なことしてごめんな」
一通りの過去を知ったと告白する。洸季に隠し事はしたくなかった。いずれバレたとき、洸季に憎まれるのが怖かったのだ。
正直に話したところで、今さら卑怯なことに変わりはないが。
「そっか……。別にいいよ。大した過去じゃないし……」
「……」
恬然とした洸季の反応はある程度予想通りのものだったが、それでも絶句せざるを得なかった。
あれを指して、〝大した過去じゃない〟なんて言葉を呟くことが、既に尋常ではない。
洸季は本当になんでもなさそうな顔で、自分と同じように両手の親指を擦り合わせる。
「っていうか、調べるのが普通だと思うし。オレみたいな奴を家に置いてるんだから、それくらい当然だよ」
「おい洸季、勘違いするな。俺は別にお前の素性を疑ってたわけじゃねぇ」
自嘲気味な肯定に思わず歯止めをかけた。
「お前が〝なにかやらかすんじゃねぇか〟なんて心配はこれっぽっちもしてねぇよ」
「……ごめん。でも、ほんとに気にしてないから」
そう言われれば言われるほど呵責心が拡がっていく。
「俺はただ、お前のことが知りたかっただけだ」
目も合わせず、言い訳じみた言葉を口にする。
ただ、知りたかったのだ。洸季がなにに苛まれ、苦しんでいるのかを。
だから――。
「どうして?」
そんなふうに問い重ねられるとは思ってもいなかった。
「どうしてって……」
どうして、なのか。咄嗟に答えられず、押し黙る。
どうしてなのかは、もう分かっているつもりだ。
本当はとっくに気づいていた。
ゆっくり顔を向けると、洸季はじっとこちらを見つめ、自分の言葉を待っている。
(どうあっても答えろって顔だな……)
真剣な瞳に思わず苦笑が浮かぶ。逃げ道を塞がれたような気分だ。
半ば諦めにも似た心境で答える。
「お前が好きだからだ」
そう。いつの頃からか、知らず知らずの内に惹かれていたのだ。脆弱でありながらも、純粋で素直な心を持つ洸季に。
口に出して認めた瞬間、憑き物が落ちたかのように納得する。
(そうだ。俺はこいつが好きなんだ)
だから傍にいたいし、どこにも行って欲しくないと感じているのだ。
息を詰めて目を見張った洸季に、この際だからと、もう一つの隠し事も明かすことにした。
「俺は、ずっと昔から男にしか興味がねぇ。だから真志の母親とも結婚できなかった」
過去の無責任な行動も、全て明かした。真志の母親との付き合い方と、その終わりを。
「俺があんな無責任なことして真志を任せっきりにしたから、あいつの母親は過労で死んだんだ。今さら真志を引き取ったって、なんにもならねぇ」
けれど、そうでもしなければ耐えられなかったのだ。自分が犯した罪の重さに。
それでなにが変わるわけでもないのに、身勝手な自己満足欲しさに偽善を働いた。
洸季は微かに首を振ったが、なにも言わなかった。気休めの言葉を口にしない優しさに薄く微笑む。
「お前と会ったあの日もな、真志とこれからどうやって生きてきゃいいのか分からなくなってたんだ」
目の前は真っ暗で、一縷の光も見えなかった。そしてそれは、あの日の洸季も同じだったはずだ。
「お前を助けたのも、今思えば俺の自己満足だったかもしれねぇ。けど、俺はどうしてもお前を見殺しにできなかった」
過去に犯した過ちを繰り返すことは、絶対にできなかった。後悔の只中にあったあの日だからこそ、余計に。
洸季は僅かに瞳を伏せ、膝の上で拳を握り締めた。
今でも、思っているのだろうか。あの日自分が助けられたのは、〝余計なこと〟だったと。
「お前が家にきてから、色々変わった。特に真志がな。それまでは俺と一言も口を利かなかったんだぜ」
「……そうなの?」
「ああ。部屋に篭りっきりで、風呂とトイレの時、たまに顔合わせるくらいだった。引き取ってからずっとな」
「そう、だったんだ……」
洸季はそれを知らなかったらしい。
本当に、あの日からなにもかもが変わったのだ。その変化は特別で、ある意味奇跡の連続だった。
あの時洸季に出会わなければ、きっと今も真志との関係は冷え切ったままだっただろう。
洸季があの日、すぐにこの家を出て行ってしまっていたら。洸季が病院から逃げ出さなかったら。洸季が生きていなかったら。
数え出したらきりがない。全ての偶然は、起こるべくして起こるという。約束された偶然を、人は〝奇跡〟と呼ぶのだろう。
硬く握りこまれた拳に触れ、ゆっくりと強張りを解いて指を絡めた。最初は戸惑っていた洸季が、やがて強く握り返してくる。
今なら伝わるような気がした。だからその目を覗き込んで、一番伝えたい言葉を口にする。
「俺はお前を失いたくねぇ。分かるか? お前は俺にとっても、真志にとっても必要な存在なんだ」
誰がなんと言おうと。
「俺はお前に生きていて欲しい」
「っ……」
洸季が息を詰め、きつく唇を噛み締めるのを見ていた。肩が震えるのも、瞳に涙が浮かぶのも、すぐ近くで見ていた。
〝お前はなにも悪くない〟と、口で言うのは簡単だ。けれど、そんな慰みがなんの意味も為さないことは自分が一番よく分かっている。
過去は変えられないからだ。どれほど足掻いても、悔やんでも、死んでしまった人間は生き返らない。
なら、残された人間はどうすればいいのか。そんなことは、決まっている。
ただ、生きていくしかないのだ。どれほどの痛みや後悔を背負っても、それを投げ出さずに生きていくしかない。一人では無理だろう。けれど――。
「ずっとここにいろ、洸季。それで、」
目に溜まった涙を零すまいとする洸季の名を呼んだ。揺れる瞳は確かに自分を見ている。
「俺と一緒に生きてくれ」
一人では無理だ。自分も、洸季も。過去に大きな瑕疵を持つ自分たちは、誰かの手や、温もりに触れなければ簡単に壊れてしまう。
「いいの……?」
洸季は引き攣れるような呼吸を繰り返しながら、ひどく掠れた声で言う。
「オレ……、なんかで、ほんとにいいの……?」
堪えきれず頬を伝った涙に口づけながら、その脆い心ごと洸季を抱き締めた。
「お前じゃなきゃダメなんだ。お前以外に欲しい奴なんていねぇよ……」
囁いて、柔い髪をそっと梳く。いつまでも耳に残る切ない慟哭に腕の力を強め、きつく目を閉じた。
もう二度と、こんなふうに泣かせはしない。
「んっ……、ん」
洸季が完全に落ち着くのを待っている余裕はなかった。ある程度呼吸が落ち着いたところでいささか強引に口づける。少しでも拒む気配を見せたらすかさず止めるつもりだったが、洸季はこちらの熱に引きずられたかのように怖々と舌を絡めてきた。
目を見張ったのは一瞬だ。少しずつ体重を預けて洸季を押し倒し、吐息を飲み干す勢いで口腔を貪った。拙い舌の動きが却っていじらしく、細い喉元が絶え間なく上下するほど唾液を流し込む。
「んん……ッ、ん……っ」
加減を忘れて追い回すうちに、いつの間にか洸季の指がきつく背中に食い込んでいた。
「は……」
糸を引きながら唇を離し、洸季を見下ろす。雪のように白かった頬にほんのりと赤みが差していた。
「悪い、ちょっと無茶したな」
荒い呼吸を繰り返す洸季に苦笑しながら謝る。触れた傍から赤みを増していく頬を撫で、首筋に吸い付いた。
「っ、た、巽さん……っ」
「……なんだ?」
焦ったような声に答えながら、パジャマのボタンをゆっくり外していく。
「ちょっと、待って……オレ、」
「嫌か?」
「嫌、とかじゃ、なくて、その……」
もごもごとした呟きには戸惑いの色が濃い。黙って続きを促すと、洸季は視線を知らして小さく唇を動かす。
「したこと……ない、から」
それは、〝男女問わず〟という意味に解釈した。予想はしていたことだ。
「したことないから、なんだ? これからもしたくないってのか?」
「え、いや……したい、けど」
聞きたかったその言葉に、唇の端が持ち上がる。自らの失言に気づいたらしい洸季がハッと息を飲んでも、もう遅い。
我ながら誘導尋問も甚だしいが、言質は取った。
「一応聞いとくが、俺が相手でもいいんだよな?」
「っ……」
念のために確認すると、洸季は唇を噛んでそっぽを向いた。羞恥に染まった顔を見れば答えは聞くまでもないような気がしたが、それでも聞きたい。
「俺で、いいんだよな?」
軽く耳殻を噛んで囁き問う。それは激しく脈打ち、触れるだけで爆ぜてしまいそうなほどの熱を持っていた。
「ん……、巽さんじゃなきゃ、ヤダ」
洸季はコクリと頷き、掠れた声を絞り出す。たったそれだけで満たされたような気分なるのは、我ながら毒されすぎだろうか。
パジャマの前を開いて滑らかな素肌に指を這わせると、洸季の身体が僅かに強張る。
「んな怖がらなくても大丈夫だ。いきなり最後までなんかしねぇよ」
「で、でも、……っ」
「大丈夫だ。怖がるな」
不安そうな瞳に囁き、浮き出た鎖骨に口づけた。
男同士のセックスは、受け入れる側に相当な負荷がかかる。初めてとなればなおさら、時間をかけて馴染ませなければならない。初っ端から繋がることを考えるのは、どうでもいい相手に対してだけだ。
そんな相手とすることは、この先永遠にないだろう。
「っ……ぁ」
やや体温の低い素肌を薄く撫でながら唇を這わせていく。どうやら脇腹が弱いらしく、ほんの少し触れただけで腰がビクリと跳ね上がった。
優しく焦らしながら素肌の隅々まで口づける。洸季が息を乱し、触れた傍から肌がしっとりと汗ばみ始めるのを間近で見下ろした。
骨っぽい感触が浮かぶ脇腹を執拗に食んだ後、ピンとそそり立つ胸の突起に舌を絡める。
「あッ、そ、そんなとこ、舐めないで……っ」
くすぐったいという抗議に薄く笑い、軽く吸い付いて歯を引っ掛ける。
「っあ……、や、巽さ、やめッ……」
最初は加減できていたが、洸季の掠れた嬌声が耳朶を打つと、次第に押さえが利かなくなった。
(もっと感じろ。俺がここにいるってことを、身体で覚えちまえ)
もう二度と、一人でどこかに行かないように。
「ぅあ……ッ、あ、」
洸季の身体が反り返るのも構わず、硬いしこりをきつく吸い上げる。もう片方を親指と人差し指の間で捏ね回しながら、ぷくりと腫れ上がった乳暈を舌で突いた。
洸季は額にうっすらと汗を浮かせながら手の甲を噛み、必死に声を殺している。その健気な仕草はいじらしいが、そのうち血が滲みそうだ。
「噛むんじゃねぇ」
「っ、だって……、オレ、変……、だから、」
細い手首を掴んで止めさせると、洸季は身体を捩って言い訳する。今さら隠しても、とっくに遅すぎるのだが。
「変? どこがだ?」
苦笑しながら閉じかけた両脚に割り入り、緩く円を描くようにそこを撫でた。洸季が隠そうとした場所は服の上からでもくっきりと形が分かるほど硬く昂ぶっている。
「全然変じゃねぇだろ。気持ち良けりゃ誰でもこうなる」
「オレ、変じゃない……?」
「ああ」
不安げな瞳に微笑み、深く口づけた。火傷しそうなほど熱い口腔を蹂躙しながら、勃ち上がったペニスを優しく擦る。
自分に触れられたことで、こうなったのだ。それがどれほど特別な意味合いを持つのか、恐らく洸季は気づいていないのだろう。
「んッ、ふ……っん……」
舌の表面を擦り合わせ、背筋が痺れるような快感を分け合った。最初は戸惑うだけだったくせに、今や洸季の方から舌を絡め、ねだるように首筋にしがみついてくる。
洸季は、自分が与える温もりを欲しているのだ。貪欲に。
(俺が欲しいのか?)
胸中で問い、確かめるように下着を割った。熱く脈打つペニスに指を絡めると、洸季はほんの一瞬だけ身体を強張らせたが、すぐに脱力して目を閉じる。全てを委ねてくるような表情に、切なさにも似た充足感を覚えた。
洸季に触れたい。身体だけではなく、その心まで。
「もっと触らせろ。……いいな?」
そっと唇を離して問い掛けると、洸季は羞恥に顔を染めながらも小さく頷いた。
僅かに身体をずらし、下着ごとズボンを引き抜く。零れ出したペニスをそっと握り込んだ。緩く上下に擦り上げると、先端から溢れた蜜がとろとろと茎を伝い、こちらの指に絡みついてくる。
「我慢すんなよ」
吐息を震わす洸季に囁いて、反り返ったペニスを口に含んだ。
「っぁ……、あ、ッ」
根元まで吞み込み、唇で扱き上げる。張り出たカリの部分を舌で突くと、洸季が背中をつらせた。
怒張した欲望は、きつく吸い上げ、舐め上げるごとに黒ずんだ赤みを増していく。青く浮き出た血管が洸季の鼓動に合わせて激しく脈打っている。
湧き出る蜜を丁寧に舐りながら、はちきれんばかりに膨れた陰嚢をそっと揉みしだいた。
「も、やだ……、あ、ぁ……ッ」
ゆっくりと時間を掛けた愛撫に痺れを切らしたのだろう。身体をしならせた洸季がこちらの頭を押さえ込んでくる。
だがそんな生温い抵抗など、あってないようなものだ。
とめどなく溢れる蜜を啜り、先端を舌先で抉る。
「っああッ、やだ、それ、あッ――」
洸季は唐突に息を詰め、ひときわ大きく背中を反らした。勢いよく放たれた白濁を余さず飲み干す。尾を引く射精感に悶え、洸季が内腿を激しく痙攣させた。最後の一滴まで吸い尽くし、先端の窪みに溜まった蜜も舌先で掬い取る。
「は……っ、」
洸季は汗の浮いた胸を荒く上下させ、ぐったりと力を抜いた。汗で張り付いた前髪を掻きそっと上げてやりながら、力なく閉じた目蓋に口づける。
「気持ち良かったか?」
「ん、……」
洸季は小さく頷き、薄く目を開けた。恍惚と濡れる瞳に微笑みかけると、洸季も微かに表情を緩めた。
「巽さん……もっと、したい……」
熱に浮かされたような言葉とともに、洸季が背中に腕を回してくる。従順な指先に理性が揺らぎかけた。汗で張り付く服を脱ぎ捨て、痛いほど昂ぶった屹立を洸季の太腿に押し付ける。その圧倒的な質量を目の当たりにし、洸季が表情を強張らせた。
「うわ……巽さんの、大きい」
「ビビんなって。今日は挿入れねぇから」
苦笑しながら言うと、洸季は恐る恐る巽のそれに手を伸ばし、文字通り腫れ物に触るような動きで屹立を扱いてくる。拙い手つきだが、洸季が自ら触れてきたという事実だけで劣情に火が付いた。
「お前のも一緒にしろよ」
ピッタリと肌を合わせ、未だ昂ぶる洸季のペニスと自分の欲望を重ねて緩く扱かせる。身体の中心から、じわじわと快感の波紋が広がった。どちらのものともつかない愛液がぬるぬると竿を伝い、互いの境目すら曖昧になっていく。
垂れ落ちた先走りで濡れる窄まりをそっと指先で撫でた。硬く閉ざされたそこは、軽く触れただけの指先をきつく拒んで押し返してくる。本当の意味で一つになるには、まだまだ時間がかかるだろう。
「そ、そこ……っ、なんかムズムズする」
「痛くはねぇよな?」
「ん、平気、だと思う、けど……っ」
押し返す力にに抗わず、何度も中指を押し当てて入り口を撫でた。触れ合わせた屹立を緩く扱き上げるのと同調し、洸季のそこがうずうずと蠢く。
「ぅ……、ぁッ」
騙し騙し指を押し込んでいくと、洸季が喉の奥で小さく悲鳴を上げた。
「痛ぇか?」
きつく指を締め付けてくる内壁をそっと擦りながら問う。洸季は唇を噛み締めて微かに首を振った。
「な、なんか、変……っ」
本来受け入れる形をしていないその場所は、未知の異物を押し出そうと不穏な蠢動を繰り返している。
「今日は少しほぐすだけだ。少しずつ受け入れることに慣れてけ」
「んッ、ぅぁ……ッ、あッ」
異物感を少しでも軽くするため、内壁を擦りながら洸季のペニスを扱いて気を紛らわせた。収縮する内襞を押し上げながら、ひときわ弾力のある一点に触れる。男の身体の中で最も快楽と直結している部分だ。
「っあッ! そ、こ……やだッ」
軽く触れただけで洸季の身体が弓なりに反り、大きく痙攣した。
「ここを俺ので擦ったらどうなるだろうな?」
思い通りの反応を返してくる洸季が可愛く思え、つい苛めるような口調で問い掛けた。
「そ、そんなの、無理……ッ、」
「無理じゃねぇよ。ここももっと拡がりゃ、俺のが挿入るようになる」
瞬発的な快感を与え続け、内部が緩み始めたのを見計らって指の数を増やす。さすがに少し痛そうな顔をしたので奥へは進めず、入り口を優しく搔き回すに留めた。
「あッ、ぅ……、っぁ、」
いきり立った互いの性器を擦り合わせながら乳首を舐り、深く差し込んだ中指を軽く押し曲げる。
眩暈がするような快感を同時に与えると、洸季が悲鳴にも似た嬌声を上げた。
「も、イっちゃ……、あっ、ああ――ッ!」
大きくしなった屹立から精液が迸り、洸季の顔にまで飛ぶ。それを舐め取ってから深く口づけ、巽も洸季の腹に欲望を放った。
「お前、真志といるの、つらいか?」
事後の後始末を終え、パジャマのボタンを留めてやりながら問い掛けた。だるそうに目を閉じてされるがままになっていた洸季が、微かに身じろぎする。
「……そんなことないよ? どうして?」
「いや……色々と思い出しちまうんじゃねぇかと思ってよ」
弟のことを。だから時々、痛みを堪えるような顔をするのではないかと、そう思ったのだ。
だが洸季はほんの少し首を傾げ、やがて緩く横に振った。「そんなことない」と繰り返し、寝返りを打ってこちらを見つめてくる。
「確かに、真志君はちょっと良哉に似てるし、時々重なって見えることはあるけど……でも、一緒にいてつらいって思ったことは一度もないよ」
「本当にか?」
「うん。だって……代わりじゃないし」
小さな呟きに、胸を刺すような寂しさが篭っていた。
代わりじゃない。その通りだ。誰も、誰かの代わりは務まらない。死んでしまった良哉の代わりなど、どこにもいないのだ。
「オレ、あの日のことは今でも夢に見るんだ。伸ばした手が届かなかった時の、〝もう終わりだ〟っていう絶望感も、遺体が見つかった時の足元が抜けるような感覚も、まだ全然消えない」
「洸季……」
「たぶん、一生消えない」
顔を歪めた洸季が小さく吐息を震わせる。ひどく脆そうな細い肩をそっと掴んで擦った。
「それを、消したかったのか?」
「……うん。消したかった。死ねば全部終わると思った」
正直な答えに思わず目を伏せ、奥歯を噛み締める。洸季はぼんやりと視線をそらして続けた。
「何年も何年も、ずっと死にたかったんだ。あの時死んだのがあいつじゃなくてオレだったら良かった」
「やめろ」
低く怒気を滲ませた声に、洸季がビクッと肩を跳ねさせる。
「……ごめん。怒らないで」
「なら二度と口にすんな。次に同じこと言ったら追い出すぞ」
実際そんなことができるかどうかはさておき、この脅しは思った以上に効果覿面だった。
洸季は小さく息を詰め、怖々と頷いた。
「でも……最近はあんまり、死にたいとは思わないんだよ」
「……そうか」
それは、確かに大きな変化なのだろう。だが、〝あんまり〟という言葉が引っ掛かったせいで、手放しに喜ぶことはできなかった。
〝あんまり思わない〟ということは、少しは思うということで。
一体どんな時に、死にたくなってしまうのだろう。
洸季の心には、どうあっても自分の手には負えない傷がある。それを塞いでやることは、誰にもできないのかもしれない。
枕に頬を預けた洸季がゆっくりと瞬く。眠そうだった。そっと髪を梳いてやると、本格的に目を閉じてしまう。
「お前……勝手にどっか行くなよ」
「うん……行かない」
身勝手な祈りに含んだ本当の意味合いを、洸季は分かっているはずだ。それに頷いたということは、つまり。
約束してくれたということだ。そう、信じることにした。
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