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SIDE A
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『別れよう』
そう言われたのはつい三日前のこと。
あの人の心が僕を向いていないことは分かっていた。
だから、僕はすぐに答えを返した。
『うん』、と。
女性を愛せないと知ってから初めて付き合った男性だった。
こんな地味な僕を愛してくれる。
それが嬉しくて、愛を告白し合ったその日に体を繋げた。男だというのに、初めてを捧げられたという不思議な気持ちを味わい、僕はあの人にのめり込んだ。
しかし、デートの行き先は毎回ホテル。
会えばセックスしかしていない。そのことに徐々に不安を抱き始めたけれど、捨てられることが怖くて、言い出せなかった。
そんなある日、オシャレなカフェで談笑するあの人を見つけた。
向かいに座っていたのは平凡な僕とは違い、キラキラとした雰囲気を纏っている青年だった。
仲が良さそうで、距離もとても近く見えた。
立ち竦む僕に気付いたあの人は、眉を寄せ舌打ちしてから顔を反らせた。
それは何度もその光景が頭を掠めるほど、辛い瞬間だった。
その時から、気づいていたのだ。
セックスのために呼び出されていたと。
あの人が本命の人と付き合えたのなら、僕はもう必要ない。
憎めれば良いのに、初めて僕を受け入れてくれた人をすぐに嫌いになれるわけがなかった。
僕は未練がましく、昨年あの人と一緒に見上げた桜をまた見たいと、一人、その公園に足を運んでしまった。
そこでばったりあの人に会ってしまうなんて思いもせずに。
あの人の隣にはすでに新しい恋人が笑顔を浮かべている。
僕と目が合ったというのに、表情一つ変えずにさり気なく恋人をエスコートし、進路を変えるあの人。
事実を突きつけられ、胸が締め付けられる。僕は楽しそうに肩を揺らす二人の背中を、呆然と見送った。
僕は目を伏せて、彼らとは反対の方向に歩き出す。
頬を伝うものを見られないように俯き、早足で駆けた。
ただ、その場から早く立ち去りたかった。
しかし、その時、僕は突然現れた壁に激突したのだ。
弾き飛ばされ、地面にお尻をしたたか打ち付ける。
見上げればそこには、外国の血が入っているとわかる長身の男性が目を見開き立っていた。
そう、壁と思っていたのは人だった。
その人は僕の顔を見てますます驚きを深め、僕の側にかがみ込んだ。
泣いているのはぶつかった所為だと思っているのかもしれない。
その人は僕が泣いている理由を勘違いしたまま、ハンカチを取り出し、痛いところはどこかと慌てふためきながら聞いてくる。
それでも僕の涙はすぐに止まらず、溢れ続けた。
すると、切羽詰まったようすのその人は、終いにポケットから出した苺飴を僕に握らせて、「痛いの痛いの飛んでいけ」、と特に痛くもない膝を擦ったのだった。
子供のように扱われているのに、全く嫌な気はしなかった。
それよりも、その人の温かさが荒んだ心に沁みてくるようだった。
男らしく端正な顔と困ったように下がった眉が酷く不釣り合いで、たまらず噴き出せば、その人は瞬いた。
そして、僕を見つめてこう言った。
「君は笑っていた方が良い」、と。
その人の後ろで満開の桜がさらりと揺れた。
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