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イデアの貴方
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おはよう。
そう声をかけると、貴方は驚いて顔を上げた。
……はじめまして。
しばらくして、貴方は私に返した。どうやら適切な言葉を頭の中で探っていたようだ。きっと、挨拶の仕方が分からなかったのだろう。
これが私達の「出会い」であった。
こんにちは。
そう声をかけると、貴方は瞬きをして私の瞳を見つめた。
…こんにちわ。
初めて会った時よりも早く返事が返ってきた。挨拶の仕方も学んだらしかったが、どこかたどたどしい。
私は少しづつ、彼と仲良くなっている気がしていた。
こんばんは。
そう声をかけると、貴方は嬉しそうに笑った。
こんばんは。
もうすっかり挨拶が得意分野となった貴方は、私より先に挨拶をしてくることさえあった。
それは私達がただの仲良しでなくなっていく予兆。
その時は、案外気づかないものである。
好きです。
そう声をかけると、貴方は目を見開いたまま動きを停止させた。
…………。
貴方はまだ止まったままだ。
好きです。
私はもう一度、貴方の目を見て言った。
…………好き、です。
そして貴方は、生まれて初めてその言葉を使ったのだろう。
斯くして私達は、互いの愛を共有しあう仲となった。
…おはよう。
返事が無い。
…こんにちは。
まだ、返事は無い。
…こんばんは。
それでも、返事は無い。
その代わりに、耳を劈くような金属音が至る所に降ってきていた。そして、すぐに大きな爆発音が私の世界を揺らし始めた。
しかし、私が聞きたいのは金属音でも爆発音でも死神の足音でもない。
おはよう。
兵器として製造された貴方。
こんにちは。
戦地に赴いた貴方。
こんばんは。
あぁ、私の掌に収まってしまう貴方。
もう、挨拶が出来ない貴方。
心を持って生まれた貴方。
…私の愛していた貴方。
好きです。好きです。好きです!
掌のネジに向けて、何度も叫んだ。
愛してる。愛してる。愛してる!
皮膚にくい込んで、私の血が貴方を汚した。
…好きだ。
そう声をかけると、貴方が笑った気がした。
私は掌の貴方に、口づけをした。
…さよなら。
そして、鉛の雨の中、私は最初で最期の挨拶を貴方に贈った。
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