アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
鉄の証なんていらない①
-
朝が来て体に気だるさを感じながらゆっくりと目を開いた。
恐らく一晩中起きていたドストミウルは、寝起きの俺の顔を覗き込むと人間の顔で嬉しそうに微笑んでいた。
到着が遅れるのも面倒なので、早々に支度をと整えると、ドストミウルは鍵を返しに宿の主人の元へと向かった。
すぐ終わると思ったので、上着も帽子を被らずに軽い身なりのままドストミウルのすぐ後ろで待っていた。
「ご利用ありがとうございました、旦那。」
「静かでいい宿だったよ。」
ドストミウルがそう答えると、主人の爺さんは顔を近づけてなにやら小さい声で話し始めた。
「...あの、こんな事言うのはなんですがね、若くて元気なのは良い事ですが、ボロ宿なもんでけっこう声が漏れてましたよ。」
主人の小声が聞こえてしまった俺は顔を引き攣らせた。
「ははは、それはすまなかったな。老夫婦にもたまにはいい刺激になったのではないかね。」
王サマは誇らしげに笑っていた。あんなこと言われて恥ずかしげもなく笑っていられるこいつの精神が羨ましい。
俺はもう帽子をめちゃくちゃ深くかぶって誰とも目を合わせずに、さっさと宿を出るしか無かった。
「ぶん殴っていい?」
恥ずかしさで頭に登る血を発散したくて遅れて出てきたドストミウルに拳を向ける。
「恥ずかしかったかい、カノル。」
「恥ずかしいに決まってんだろ!とんだ恥さらしじゃねぇか!」
ドストミウルに向かって吠えていると、馬車からヂャパスが出てきて近づいてきた。
「じゃあ首元のそれも隠した方がいいんじゃないのか。」
ヂャパスがさり気なく包帯を渡してきた。
「っ、そんなにわかりやすい?」
「少し増やしすぎたかな。」
ドストミウルが悪びれもせず笑った。
「わかった、とりあえず殴らせろ。」
恥ずかしくて死にたいと思ったのは今日はが初めてだ。
目的地のフィンロウは海に面したリゾート地だ。
カラフルだけど調和された建物と、青く透けるように美しい海。
到着したのは夕方だったが、それでも海岸には水着の人が多く集まり、泳いだり騒いでいたりした。
さらに日が暮れてくると街には芸術のように並べられた灯りがともり、通りにある噴水も虹色に染められる。
俺たちは馬車を置いて二人で街を散策した。
観光地と言うだけあって流石に人は多い。特にカップルが多いのが目立った。外のテーブルやその辺のベンチでも寄り添いあったり、抱き合ったり、キスしている奴が非常に多い。
俺も特に嫌な気分にはならず、落ち着いて観光が出来ていた。ある程度人混みを避けてはいたが、気持ちの整理が着いたのとドストミウルが近くにいるという効果がでかいのかもしれない。とりあえずは一安心だ。
歩くだけではつまらないので、屋台でクリームの乗った焼き菓子を買って、人の減った海辺の近くで座って食べた。
「美味しいかね?」
「うん、思ったよりは。アンタも一口どう?」
「いいや、味はたいして分からないからな。」
「はあ?ここはノリだろ。はい、あーん。」
ドストミウルは困りながらもしっかりと一口食べてくれた。
「手を繋ぐのも嫌がるくせに、こういうのは良いのかね。」
「こんぐらいダチでもやる事だしね。」
ドストミウルは不意にカノルに顔を近づけると、頬についたクリームを舐めとった。
カノルは照れながら不機嫌そうにドストミウルを睨んだ。
「すまないね、そのへんの線引きがよく分からないんだ。」
ドストミウルはいたずらっぽく微笑んだ。
今夜の宿は壁の薄っぺらいボロ宿なんかじゃない。
海に面した一戸建ての部屋だ。
建物自体はしっかり出来ているが、雰囲気作りのためか屋根や外壁は編み込んだような藁と花で飾られている。
オシャレな事務所でドストミウルがチェックインしていると、俺はそこに飾られていたウエディングドレスが目に入った。近くには"フィンロウで憧れのウエディング!"と書かれた看板があった。成程、それでカップルにも人気なわけだ。
そう言えば屋敷を出る前にアリアに羨ましがられたのを思い出した。
「フィンロウに行くんだって?頑張ってねカノル。ん、頑張るのは旦那様...?まあとにかく楽しんできて!」
興奮気味にそう言われたのはそのせいか...
「ん?」
「カノル手続きは済んだ、部屋に向かおうか。」
ドストミウルが戻ってきた。
「了解、ボス。」
なんにせよ、今夜は声の響くボロ宿じゃないと言うだけで俺は満足だ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
43 / 50