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転機③
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「はっきり言ってしまえば、私は勇者に敗れるだろう。」
ドストミウルの話はそこから始まった。
玉座の隣にあった部屋、簡易な机とベッドがあるだけの素朴な部屋に話し声はしんと響いた。
「ずいぶん弱気じゃねえか。」
「弱気か強気かの問題ではない。今回の勇者は異例なところが多い。聞くところによると勇者は伝説の剣を持たずして四天王を打ち破っている。」
「それって、本当に勇者なのかよ。」
勇者は伝説の剣に選ばれる。
真の勇者のみが扱えるとされるその剣をふるい悪を断つというのが今までの常識だ。今の勇者はそれを持っていないのに無類の強さをほこり敵を倒しているという。
「だから勝てる見込みが薄いのだ。本当にそれが真の勇者か分からない。だが、世界はそれを勇者と認め、また勇者も期待に応えるべく魔王を倒すために尽力している。私は理通り戦うしかない。」
「でも、万が一負けてもアンタは死なないんだろ。核がどうのってイフは言ってたけど。」
ドストミウルは深く頷いた。
「その通りだ。私は敗北したとしても世界から消える訳では無い。核になり眠りにつく、そして復活のときを待つのだ。」
「それってすぐ復活出来るものなの?」
「問題はそこだ。それはその後の世界の状況に左右される。数年で復活できる時もあれば、数百年かかる時もある。」
それを聞いたカノルは表情を失った。
「それ、じゃあ...もう終わりじゃねえか。俺は百年なんて長生きなんて出来ねえぞ。」
脱力したカノルは、ゆっくりと崩れるように床に座り込んだ。
「勇者との戦いになる前に気持ちよく殺してくれよな。」
半笑いを浮かべながら力なくカノルはそう言った。
「...期待に応えられなくて悪いが、そうする気は無い。」
カノルは見上げながらドストミウルを睨みつけた。
「屋敷のヤツらも居なくなるんだろ、たった一人でいつ起きるか分からないアンタを待ってろって言うのかよ!生き地獄じゃねえか。」
感情が激しく揺れるカノルに対し、ドストミウルは冷たいこの部屋のように冷えきった目をしていた。
「私が敗れたタイミングをみて、人の町に帰るといい。」
カノルは立ち上がるとドストミウルの胸元のマントを掴んで引き寄せた。
「それを本気で言ってんなら、俺はアンタを見損なったぞ。」
「本気だよカノル。私に操られて監禁されていたとでも言うといい。その頃には魔王も敗れ世界は平穏になるだろう。」
カノルは橙色の瞳の色を濃くして睨みつけた。
「その前に狂って死んでやる。」
ドストミウルは暗い瞳でカノルを見つめ返した。
「君を生かすのは私のエゴだ。初めて出会ったあの日から、ずっとそうだ。私を恨むなら恨み続けるといい、そうして君が私を思うなら私はそれで...」
ドストミウルが話す途中でカノルの手が緩む。
俯いた顔からは一つまた一つと涙が垂れていた。
「お願い...だから、どこにもいかないでくれよ。」
はっとしたドストミウルはその震える肩を優しく抱き寄せた。
「ずっと会えなくて...寂しかったのに、それだけで辛かったのに。なんで...もう...会えなくなるなんて、そんなの...耐えられない、から」
カノルはドストミウルの胸に縋り、声も抑えずに泣き始めた。
ドストミウルは何も答えず、愛しいその体を抱き続けた。
自分がアンデッドでなければ、
彼が人でなければ、
何か違う道があったのかと何度目かの答えのない自問をする。
運命は残酷で、死は常に平等だ。
その事を一番よく知っている死の王は自らの運命をまた深く呪った。
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