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疎まれ、嫌悪されるくらいなら、求めなければ良いと思ってた。
いつか大人になる。大人になれば出逢えるかもしれないし、もしかしたらこの想いがいびつだと気づける日が来るかもしれない。
そんな妥協を覆したくなったのは、大人になる一歩手前。
分別を持った大人の人に抱いた恋心。
自分の知らない経験をたくさんしてる大人に対して、守りたいと思った。
支える存在になりたいと願った。
「隼士さぁ、兄ちゃんの顔タイプ?」
「は? 全然タイプじゃねーよ」
友人の光哉の家に遊びに来た。
二階の部屋に上がる際、通過したリビングにいた光哉の兄と軽く挨拶をした。
「えー、そんなバッサリと! それはそれでひどくね? 俺の兄ちゃんなんだけど」
「お前と似てなかったじゃん」
「おぉ! ことは俺のことタイプ? やだ俺照れちゃう」
「……極論すぎんだろ。あーもう、そーだよ、好きな顔だって思ったよ」
「はは、ほらねー。隼士分かりやすすぎんだよなぁ」
当たりー、とヘラヘラ笑う光哉をよそに、俺はガシガシ頭を掻きむしる。
俺はゲイだ。
中学の時にはじめて恋心を抱いた相手は男だった。
それが“正しくない”感情なんだと何となく分かっていた俺は、その想いを自分の中で腐らせたし、誰かに言うつもりもなかった。
けれど高二の時同クラスになった光哉は、いとも簡単に俺の性癖を言い当てた。
隼士はアイツのこと好きなの?と。目線が分かりやすい、と。
特に自分は察しがいい方だから、と言って笑った。
当時好きだった相手にはバレていなかったはず。
俺とソイツの間に変な溝ができることもなく、ソイツには彼女が出来て、俺の恋はまた朽ちた。
代わりに、クラスでたまに話す程度だった光哉との仲が親密になり、高三に上がってクラスが離れてからも、こうやって家を行き来するようになったのだ。
「安心しろ。光哉んちの家族にどうこうしようなんて思ってないから。つーか無理なこと分かってっし」
「また出たネガティブ発言。悪いことじゃないんだよ」
同性を好きになることは悪いことじゃない。
光哉は何度もそう言ってくれるけど。
「気持ち悪がられるってことはそーゆーことだよ」
「無知な心無い人がそう言うだけだって」
「だから、そーゆー世の中なんだよ。分かんだろ」
だから、いいんだ。
大人になってそういう場に行って、そういう人と出逢うまでは、求めたりしない。
「そこんとこ安心してよ。うちの兄ちゃんだし、もし兄ちゃんが暴言吐いたら俺が殴る」
「ふはっ、心強えー。でも別にそーゆーんじゃねぇから安心しろ」
「いい物件だよ、兄ちゃん。もう子供もいるし、隼士が産む必要もなし!」
「話飛躍しすぎだろ。てか、子供って」
一瞬顔を合わせた。お邪魔します、と一言挨拶をしただけ。
その時に心臓が鳴った。単純に、好みのタイプな顔だった。それだけ。
そんな軽々と一目惚れなんてしたこともないし、ましてや親友の兄。簡単に好きだ!なんて感情抱くわけがないだろ。
なのに身内の光哉と来たら他人事のように茶化す。
「あ、言ったことあるだろ? 稜兄ちゃん。次男の」
「……奥さん亡くなったって」
「そう、その兄ちゃん」
「……いやいやいやいや、なら尚更じゃん」
光哉は男三人兄弟の末っ子。次男の兄ちゃんは、高校生の時に子供出来て結婚して、その奥さんが亡くなったって話を聞いたのは、去年のことだ。
去年同じクラスだった光哉が、義姉の葬式だと休んだのも覚えている。
「まぁ、そーなんだけど。兄ちゃんずっと暗くてさ」
「それはそうなっちゃうだろ。だってまだ一年も経ってなくね? あれ、いつだった?」
「んー、十月。兄ちゃんの子供結菜っていうんだけどね、結菜の前だと笑ってんだけどそれ以外の時が超怖くて」
「怖い?」
「そう、ちょーこえーの。母さん曰くそうやって心を無にして耐えてんじゃないのかーって言ってるけど、それはそれでキツそうでさ」
「……お兄さんいくつなんだっけ? 二個上くらい?」
「稜ちゃんは三つ上」
「てことは、二十歳の時か。……キツすぎんだろ」
子供が出来て、結婚して、そして大切な人を失って。でも、守らなきゃいけないものがある。
俺が今から二三年のうちに、そんな経験をすると想像しただけで苦しい。
顔がタイプだの呑気な話しどころじゃないじゃん、そんなの。
「一回だけ夜中に聞いちゃったんだよな、稜ちゃんが嗚咽して泣いてんの。あれは聞いてて苦しかった」
「…………」
「だからさぁ、隼士。稜ちゃんのこともし気になるなら、幸せにしてあげてよ」
「……は? しあわせって……いや、何を、つーか俺が、はぁ? 無理に決まってんじゃん、無理だよムリ」
何を言い出すのか、この子は。
万が一俺が本当に稜さんを好きになってしまったとしても、もはや無理ゲー。
生半可な気持ちで首を突っ込んでいいもんじゃない。
「隼士にも幸せになってほしい」
「だったら余計無理だろ。勧めるんならもっと違う人にしてよ。つーかお前も彼女いねぇじゃねーか」
「あはは。まあそーなんだけどねー。とゆーか隼士くん、稜ちゃんじゃダメみたいな断り方したね、今!」
「はぁ? 意味合いで分かんだろ! 俺じゃ役不足だっつってんの!」
俺からしたら、こんな冗談めかして笑える案件じゃないのに。
光哉は心配しているくせに軽い。多分重すぎた話のせいで俺に気遣ってるのもあるんだろうけど、逆についていけない。
それが光哉だから、と言えばそれまでなんだけど。
「女の人だと夕芽ちゃん……って、奥さんなんだけど、と比べちゃいそうだし、男だったらまだ弱音とかも吐けたりすんじゃないのかな、って」
「弟の友達に弱音吐くわけねぇだろ。それなら稜さんも友達とか、それこそ上の兄貴とかのが適役だし。あとね光哉、その男だったら、とかは俺に失礼。偏見」
「え、そーなの? ごめん」
「男だから、とか女なら、とか、区別されんのキツイ。……まあ実際そうなんだからいいんだけど」
人を好きになる。極稀で奇特な感情。人間の生命に反する。
俺だって好きで同性に惹かれるわけじゃない。女の人を好きになれるならそうしたいけど、無理だから。
世間から忌み嫌われる存在だと自覚してるから、そうじゃない光哉には分からなくて当然だけど。
光哉は受け入れてくれた。だからこそ、思ったことを濁したくなかった。
こうやって真っ直ぐに口にしてくれる大事な友人だ。
「はーやーとー! ごめんってば。ひねくれたこと言わないでよー」
「いいって。俺が心狭いゲイなのが悪いんで」
「ほら! そーゆーの、良くない! あ、あとね、稜ちゃんここ一年くらい友達と遊んでないよ。晃兄ちゃんはアタック何度かしたけど玉砕してお手上げ状態らしい」
「おっまえ……俺なんか百パー無理じゃねぇかよ」
きっと友達だって心配をして声がけを何度もしてるだろう。その上頼れる存在の兄までシャットダウンしてるなら、ほぼ他人の年下の俺なんか。
「あんまり近しい人じゃない方が曝け出せるかもしれないじゃん? だからちょーっと稜ちゃんに接触を試み……」
バタンッ
本気なのかなんなのか、ちょっと理にかなっているようなことを言う光哉。の声を遮って部屋の戸が開く音が大きく響く。
「ミツ、さっきからうるせーよ。結菜が起きんだろーが。リビングまで響いてんだよ」
「あ、すいませ……」
「稜ちゃんのドアの音のがうるさいよ、絶対」
噂をすればなんとやら。
開いた扉から顔を見せたのは、まさに話題の渦中にいた稜さん。
先程の話通りの怖い剣幕で光哉を睨み下ろしている。
こちらにも視線が来てすぐさま謝るけれど、それをかき消すように光哉が反論した。
ええ、お前さっき怖いって言ってたじゃん、と思うも、それとこれとは別らしい。
「……騒ぐんなら外行けよ」
「分かったよー、ごめんねー」
「すみませんでした」
光哉の反論は理に適ってる。
稜さんは大きく開いた口で、そのまま息を吐き、ボソリとそれだけ呟いて戸を閉める。
「あ、稜ちゃん!」
「なに」
戸が閉まる手前で光哉は稜さんを呼び止める。
冷めた目で振り返り、稜さんは短く返事をする。
「こいつ、俺の親友。隼士。仲良くしてあげてね」
「は? なんで俺が。まぁ……ごゆっくりどうぞ、静かにね」
「はい……ありがとうございます」
怖い、というイメージ。
でも、他人の俺に対して失礼になる態度ではなかった。
冷たい人ではない。
気遣ってくれた。あくまで怒りに来たのは実の弟に対してで、客人である俺には優しさを感じた。
パタン、と戸が閉まり、階下に降りてゆく足音がした。
「……ごめん、隼士」
「いや、つーか、ちゃっかり無駄に紹介してんじゃねーよ」
「だって、ナイスタイミングで稜ちゃん現れるから」
「どこがナイスだよ。……けど」
「けど? なになに、けど、なに?」
本当に俺は分かりやすいのかもしれない。もしくはそれと同じくらい、光哉が目敏いのかも。
口ごもる俺に、光哉はニタニタと笑って身を乗り出してきた。
「……やっぱ稜さんの顔、好き、かも……」
すげぇ、タイプど真ん中かもしれない。
冷た目の視線だったのに、綺麗で目を奪われた。
負担材料になりかねない先程の話に、多少の違和感を覚えたのは、奥さんへの嫉妬もあるかもしれない、なんて。
都合が良い考えだ。
けど、だってそうだろ。
好きになったとしても、故人には敵わない。そんな風に考える自分を醜く感じるけど、実際のところ、そうなっちゃうだろ。
叶うはずない感情を押し進められるほど、強くない。経験も無いし、そういうのは大人になるまで無理だと諦めている。
「ほぉら、やっぱり。いーじゃんいーじゃん、俺は応援するし協力もするよ。弟の俺は強ぉい味方だよ、隼士くん。そんでもって稜ちゃんが前に進めるなら、何より俺も嬉しいわけだ」
「……その気になっちゃうからやめてくれ」
なのに、軽率に唆さないでくれ。
そんな攻略の難しそうな恋愛に、俺は向いてない。
「その気にさせようとしてんだもん」
「お前それ、奥さんがどうのとか抜きにしても実の兄貴ホモにしてぇのかよ」
「お、させる自信があるんですね、隼士くん!」
「だーかーら、軽すぎんだろって……」
「だってさー、俺が聞いたらちゃんと隼士言ってくれんのも嬉しいし、何が幸せかは本人の自由なんだし、もし稜ちゃんも隼士のこと好きってなったらそれは幸せなことだし」
親不孝者め、と思ったけれど、それはそっくりそのまま、それ以上に辛辣に自分に返ってきそうだから、やめた。
一人っ子の俺は、本当に親不孝者だから。孫の顔を見せられるということは決して叶わないから。
「……俺なんでお前のこと好きになんなかったんだろ。かっこよすぎ」
「は、そーいえば。こんな一緒にいんのにね? なんで? ぶっちゃけ俺のこと好きになりかけたことある?」
「ははっ、ぶっちゃけすぎだろ。今がマックスに惚れそーだわ」
「マジ?! いいよ、俺のこと好きになっても」
邪気のない笑顔の光哉。
唯一俺の内緒な部分を知って、理解してくれる友人。こんなにも分かってくれる奴なんていないのに、不思議と恋愛感情を抱いたことはなかったな。
「それ俺の幸せは保証されてますか」
「んー…………。んーーー……?」
「おいてめぇ、前言撤回だ。クソ男だわ」
「え、ひど! 俺なんも言ってないのに!」
友人として、無くしたくない。理解をしてくれる友人。
異性の友情は成立するか。それを俺に当てはめるなら、成立する、と思う。
「即答できないとこがクソ」
「クソクソ言うなよ! クソが」
「はぁ? 今のはどう考えても光哉が悪いからな」
「気持ちに答えられなくてごめんね? これからも友達として仲良くしてね?」
「……ほんっとおまえチャラ」
これでもし俺が光哉への恋心をひた隠しにしてるだけ、という真実があったとしたらマジで最低だぞ。
本気で俺可哀想な奴だぞ。
そう反論しようかと思ったけど、やめておいた。
軽すぎ。適当すぎ。その光哉に幾度も心救われたから。息の詰まりそうな感情を吐露できるのは、光哉の大雑把な性格がゆえだったから。
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