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Mの回想 一日目:エレベーター
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Mの回想 一日目:エレベーター
我妻がエレベーターに乗り込むと、聞き馴染んだ声が「あっ」と発した。
見ると、そこには部下兼恋人の落合が佇んでいる。我妻は落ち着きなく周囲を見渡し、にやりと意地悪く微笑んだ。…エレベーター内には、二人しかいない。
年上の男は、落合の隣に並ぶ。…他に空いているスペースは幾らでもあるのに、年下と肩が擦れあい、衣擦れの音がするほど近距離に立つ。
我妻は誰もいないとわかりつつも、片腕で抱えていたクリアファイル入りの書類を口元に添え、ほんのちょっとつま先立ちになって、部下に耳打ちする。
「…何でお前がここにいるんだよ、落合…。」
ムと唇をひん曲げて、落合は反論する。
「俺がどこにいたって我妻さんには関係ないでしょうが…。」
眉をハの字にして、可愛くねぇな、と我妻は空いた腕を腰に持っていく。
「上司にはもっと媚を売っておいた方が会社で長生きできるって教えといてやるか…。」
「あ~れ~??おっかしいな、こういうのを”モラハラ”っていうんじゃないスかね~??」
「…はァ!?」
ケンカっぱやい我妻の手が、年下の男のネクタイの結び目を捕まえる。間近に睨みあう二人。
そして…落合から年上の男に口づけた。
「はァ!?」
面食らったのは我妻だ。我妻は咄嗟に、相手の頭を薄めのクリアファイルでぶっ叩く。
「痛ァッ!?」
涙目の部下に、片拳握る我妻は説教をしだす。
「感想聞いてんじゃねぇよ!!ななな、何でこの局面でキス!!?」
頭を擦る部下は、恨めしげに相手を眺めつつ語る。
「…物欲しそうだったから。」
「欲してねぇよ、何一つ!!」
っつぅ~か、と我妻は続ける。
「何度言ったらわかるんだ!!オフィスラブ的なのはもういいんだって!!」
部下は、急にもぞもぞしだす。
「でもさ…我妻さ、」
ピンポーン♪
のどかな音と共に、開くエレベーターの鉄扉。ほぼ同時に、開く二人の距離感。
鉄扉の向こうに並んでいた女子社員二名は、片割れが「あ、こっち先に開いた。こっちにいこ~☆」ともう一方を引っ張っていった。距離をとった状態で、息を詰めて外の世界を見つめていた二人は、鉄扉が閉まった途端、ぶはぁと呼吸を再開しにかかる。
「で、でもさって何だよ!!」
記憶力抜群の我妻だった。落合が大股二歩で、年上の恋人との距離をゼロに等しくする。
「でもさ、我妻さんだって目の前に恋人がいるんだから抱きつきたいでしょう!?」
「学生か、お前は!!TPOを考えろってんだ!!あと、俺は単純に…。」
ピンポーン♪
我妻は右に、落合は左に。瞬時に立ち位置の最奥へと逃げ込んでいく。シンクロナイズドスイミングもびっくりの息ぴったりの動きだった。
乗り込んできたのは中年男性の社員である。ごほごほと咳き込みつつ、世話しなく腰ポケットを漁って、二人に頭を下げ下げ、忘れ物でもしたのか同じ階のエレベーターの外へと戻っていった。
再び閉まる鉄扉。二人のフリーズが急速解凍されていく。
「…単純に部下らしくしろよって話をしたんだろっ!!」
今度は我妻が腕を伸ばしてきて、ネクタイの裾を緩めに引っ張って、相手を傍らに来るよう仕向ける。途中で何度も遮られるからか。次第に怒り口調になる我妻だった。まあまあ、と落合が相手を宥める。
「…俺、大人げない真似しちゃいましたね。すいません。つい…我妻さんの前になると張り合っちゃって…。」
たはは、と後頭部に手を持っていく部下に、我妻はふんと鼻を鳴らす。
「んだよ。…急に素直になりやがってよぉ…。」
腕組みして浅く俯く恋人に対し、年下の男は言葉巧みに誘導する。
「我妻さん、ちょっとこっち見て。…一つだけ、いいですか??」
「…んだよ。」
顔を上げた我妻の額を自分のものと重ね合わせて、年下の男は不敵に微笑んでみせた。
「我妻さん、さっき”媚を売れ”っていうんで、思いっきり売っちゃいますね??…好きですよ、我妻さん。俺、我妻さんの前だと他が霞んじゃうくらい、アンタに夢中で大好きなんです。」
「…っ」
落合が前髪越しに相手の表情をうかがうより早く、ムードを読まないエレベーターの開く音がする。舌打ちしたい衝動に駆られながら、落合は渋々上司と距離をとった。
乗って来たのは、五名ほどでエレベーターの中がにわかに賑やかになってきた。中には我妻の上司もいて…彼は部下の異変に目を止めた。
「おや、我妻君じゃないか。…心なし、顔が赤いようだが大丈夫かい??」
(え!!?赤いって…。)
動揺する落合だが、たくさんの人影に阻まれ、目当ての恋人の姿を見つけられない。
「君は仕事熱心だからね。熱が出ていても、黙っているんじゃないだろうね??仕事でも何でも、身体が資本だから。気分が優れないならすぐに言ってくれよ??」
「は、はい。大丈夫です。お、お恥ずかしながら、今ちょっと部下に説教していて…。」
落合が驚くほど、元鬼上司の声は小さく震えて…その上しどろもどろで愛らしい。
「怒りで、顔が赤いのかい??ははっ。仕事熱心なのは君の長所だが、あまり恐がられんようにな。」
「はあ…。」
遠くで聞こえてくる声に、落合は同調する。
(もう手遅れなんですよね、その忠告…。)
だって俺、と落合は天井を仰ぐ。
(俺、自分でも恐いぐらい…我妻さんのことが好きなんだから。)
鉄の密室は、秘め事を持つ二人と他の客を連れ、緩やかに揺れだした…。
おしまい
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