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その日はものすごい嵐だった。
誰もが海に近寄らないような高波。
そんな海に、人が落ちてきた。
後で聞いた話では、溺れた子供を助けて、エリックが溺れてしまったらしい。
一国の王子が溺れたとあって国は大騒ぎ。
すぐに救出を試みるも、高波に阻まれてなかなか進まなかった。
俺は沈んでくるエリックを見つけて、慌てて岸まで連れていった。
人目の少ない、小さな入り江だった。
「なぁ、ちょっと、大丈夫?」
エリックはぐったりとして動かなかった。
俺はそれに焦って、必死に考えた。
そこでひとつの言い伝えを思い出した。
人魚姫も、溺れた王子を救った。
その時、人魚姫は歌を歌った。
その時から、人魚の歌には力があるとされてきた。
それが本当かどうかなんて、当時の俺は気にしてる余裕もなかった。
とっさに、口を開いた。
今までの高波は、嘘のように消え、現れた太陽が、エリックの黒髪についた水滴をキラキラと輝かせる。
呻き声を上げ、薄く目を開いたエリック。
その瞳は、まるで海のように、青く澄んでいた。
「お前は、いったい……」
おもむろに呟いたエリックの視線が、俺の足元を捉えた瞬間、俺は慌てて海に戻った。
人魚はもうあたりまえに存在するものとして知られてはいるけれど、だからといって必ずしも好かれるわけではない。
「……にんぎょ、ひめ?」
ポツリと零したエリックが、俺がつけていた貝の髪飾りを拾ったことで、俺たちの関係は変化した。
無関係だったところから、紆余曲折を経て、恋人になり、婚約者になり、国民から祝福されて、式を迎えようとしていた。
そこに、ヴァネッサが現れて一。
「ルナ様?」
「っ、申し訳ありませんっ、すぐに着替えます。」
俺についてくれている執事はディラン。
かつても俺の世話役としてついてくれていた執事で、真面目な男だ。
「……いえ。ルナ様、繰り返し申し上げるようですが、私に敬語を使うのはおやめください。」
この城に来た当初も、同じことを言われた。
けれど、今と前では、その表情に差がある。
今はただ、事務的にそう言っているだけだ。
俺の立場は、側室だから。
「……いえ、俺なんかが、偉そうなことをできる立場ではないので。」
俺は毎回、こうして答える。
それが、結局ディランを安心させることに繋がるから。
2人の結婚式が終わって、1ヶ月が経ったけれど、状況は何も変わっていない。
俺は主にディランと過ごしているし、エリックはヴァネッサと共に過ごしている。
国民も俺のことはまるで見えていないかのような扱いだが、ヴァネッサのことは女神のように扱った。
俺は別に、あの地位が欲しいわけじゃない。
国民に崇められたいわけでも、女王-俺の場合は男だから王になるけれど-の立場が欲しい訳でもない。
ただ、エリックの隣にいたいだけだった。
エリックから、優しく笑ってもらえて、抱きしめてもらえて、声をかけてもらえて。
それなら、なんだっていいのに。
権力も富も、特別な力も、何もかもいらない。
ただ、エリックの愛が欲しい。
でもそれが、1番、欲張りなのかもしれない。
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