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「有坂っ」
まだ人通りの多い駅中で、人より頭一つ分はデカイその姿を見つける。
なるべくひと目につかない場所で有坂を待っていたつもりだが、それでも勧誘やらナンパがしつこいのでもう駅員と雑談していた。
どこか名残惜しげな表情に変わる駅員に礼を言って、有坂のもとへ走る。
「すまない、待たせたか」
肩で息をしているところを見ると走ってきてくれたんだろう。
やっぱり有坂は優しい。
ハルヤンとは大違いだ。
「春屋に何をされた」
目の前まで来るとそのまま有坂の手が伸びてくる。
流れるような動作で俺の髪を梳いて、頬を撫でられた。
確かめるような触れ方に少し驚いたが、俺の頬に触れる有坂の手を取って、そのままギュッと握り返す。
「聞いてくれよ。騙されたんだよ。友人詐欺にあった」
「…なんだそれは」
不機嫌そうに眉を潜めた有坂の手を掴んだまま、ハルヤンにされた一部始終をその場で話す。
帰宅中の奴らがどこか好気な視線を向けているのは感じたが、周りの目はもう気にならなかった。
それに有坂は背も高いし、何より顔が怖いおかげでもう誰も話しかけてこない。
「話を聞いただけで済んだのか」
「済んだけどめちゃくちゃしつこかったからな。また来るって言ってたし」
「何かされたわけじゃないんだな」
「何かってなんだよ。めちゃくちゃ気分が激凹みしたっつの」
そう言ったら有坂はどこか安堵したように小さく息を吐いた。
いや何勝手に安心してんだ。
俺の愚痴はまだ終わってない。
「今回の件は俺からも春屋に言っておく。結城は春屋とはもう関わるな」
「言われなくてもそうするよ。有坂が忠告してくれたの聞いとけばよかった」
「いや、俺ももう少し結城を気にかけるべきだったな」
俺が勝手に騙されただけだから有坂には何の非もないが、コイツはどこまでいいヤツなんだ。
有坂の言葉にちょっと嬉しくなったが、いやいやそれじゃダメだ。
俺はお荷物じゃなくて友人なんだから、夏大前の有坂に負担を掛けるような行動はよくない。
「…俺の方こそ部活終わったばっかなのに、走らせてごめん」
素直に謝ってから、ふとずっと掴んだままだった手に気付く。
今更だが俺はこんな人通りの多い駅中で、有坂の手をずっと掴んだまま話をしていたのか。
慌てて離すと、その手でポンと軽く頭を叩かれた。
「大丈夫だ。それより時間も遅いから家まで送る」
「え、でもそれじゃ有坂も電車に乗ることになるだろ」
「いい。もう少し結城の側にいさせてくれないか」
ぶわっと胸が熱くなった。
なにコイツ。
国宝級にいいヤツすぎる。
それは周りの奴らにだって頼りにされるはずだ。
ハルヤンに裏切られてめちゃくちゃショックだったが、有坂の言葉で一気に俺の気持ちが変わっていく。
実際夜道を一人で歩きたくないのもあって、ここは素直に送ってもらうことにした。
俺の家はここから二駅なのと、駅から家まではそう遠い距離でもない。
後日有坂に何か礼をしないとな、なんて考えながら二人で俺の家を目指す。
友人と一緒に帰宅するのはもちろん初めてだ。
逸る気持ちを抑えてドキドキしながら有坂と一緒に電車に乗る。
気分も良くなったし、ここぞとばかりにたくさん有坂に話しかけた。
テストに邪魔されて一緒に昼休みを過ごせなかったのもあって、話したいことはたまりにたまりまくってる。
有坂は終始「そうか」「分かった」といつもの返事だったが、それでも有坂がちゃんと話を聞いてくれてることはもう分かってる。
電車から降りて、二人で夜道を歩く。
街灯が点々と続く夜道に人の姿は全くなくて、有坂が送ってくれて良かったと心底思う。
「あ、そうだ。ちょっと俺んち寄ってくか?夕飯食って帰ってもいいし、なんなら泊まっていったって――」
「いや、夜分遅くに邪魔をするのは失礼に当たる。気持ちだけで十分だ」
「…あ、そー?」
あっさりそう言われたが、相変わらず律儀な奴だ。
コイツ本当に同い年か。
そうこうしているうちにあっという間に俺の家に着いてしまう。
家までの道のりがこんなに短い、なんて思ったのは初めてだ。
「随分大きな家だな」
「俺の父親一応社長だからな。まー俺は末っ子だから関係ないけど」
「…春屋には言ってないだろうな」
「言わねーよ。そこまでまだ仲良くなってないし、これからなる予定もない」
「そうか」
そう言って有坂は俺に家へ入れと促す。
本当にただ送ってくれただけで「また明日」と言ってすぐに背を向けた。
「あ…、有坂」
なんだか離れがたいと思ってしまう。
思わずその背を追いかけて、有坂のシャツを引いた。
「…あ、えっと。送ってくれてありがとな」
「別にいい。気にするな」
無表情な視線と返事が返ってきたが、それでもコイツが優しい奴なのはちゃんと分かってる。
俺は本当に良い友人に出会った。
ちょっと無愛想なところはあるが、それでもめちゃくちゃいいヤツで、律儀で、最強にお人好しだけど優しい。
あの日、有坂に思い切って声を掛けてよかった。
ハルヤンには裏切られたけど、有坂はちゃんと俺の側にいてくれる。
そう実感したら胸がいっぱいになっていく。
心が震えて、堪らなく気持ちを伝えたくなった。
「…俺もうお前しかいらない。有坂がいてくれればそれでいい」
そう。友人はもう有坂だけがいてくれれば十分だ。
多くを望んだりはしない。
しっかりと目を見てそう伝えると、俺の言葉にハッとしたように有坂が表情を変える。
不意に伸びてきた手が俺の耳を掠めて、頭の後ろへと回った。
――え?と驚く間もなく身体ごと引き寄せられていた。
「あ…有坂?」
呆然とその名前を呼ぶ。
気づけば有坂に抱き締められていて、力強い腕の感触に驚く。
有坂は何も言わなかったが、それは本当に一瞬ですぐに俺の身体を離した。
「おやすみ」
そっと言葉を落として、再び背を向ける。
突然の出来事にしばらくその場に立ち尽くしたまま、呆けたように有坂の背中を見つめてしまう。
あれ、友人同士ってハグもするっけ?
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