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----side有坂『夏休み前に』
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『親友なんだ』
――そう紹介された結城の言葉に、正直疑問を覚えなかったわけじゃない。
「初めまして。同級生の有坂桐吾です。先日は夕飯の持て成しを頂きましたが、直接感謝を申し上げられずにすみません」
「えーっ、ちょっとちょっと。マスが初めて友達連れてくるなんていうからどんな子かと思えば…。素晴らしい武士道精神じゃないの」
「…は?」
「あ、有坂気にしないでくれ。俺の母親日本の文化オタクなんだ」
すかさず結城が俺に補足をいれるが、言われてみれば結城の母親は金髪に青い瞳であり、顔立ちも純粋な日本人とは違う。
祖母がイギリス人と前に聞いていたから、母親はハーフなのだろう。
やはり結城と親子なのだと納得できるほどに、その容姿はとても美麗だ。
「有坂君、この子迷惑掛けてない?末っ子だからみんなで甘やかしすぎちゃってホントいつもワガママ放題で――」
「ちょ、いきなり何言ってんだよ」
「いえ、ご心配なさらず。いつも助けられていますので」
「あらあら、なんでこんなイイコと知り合えたの」
話をしてみれば結城の母親はとても明るく気さくな方だった。
どうやらハーフといえど日本生まれの日本育ちらしく、話し方に違和感もない。
とはいえ相手の厚意にそう甘えるわけにはいかず、しっかりと結城を夏休み中に預かることに対し、挨拶をさせてもらった。
男とはいえ恋人と長期に渡り寝食を共にするのなら、当然ながら御両親を蔑ろにするわけにはいかない。
本当は関係をちゃんと伝えたかったのだが、結城に友人だと紹介されてしまっては仕方がない。
俺達は同性であり、そう軽々しく間柄を口に出来るものでないことは俺にも分かっている。
――ただ、少なからず納得いかない気持ちはある。
「有坂。今日はありがとな。母さんも有坂のことすげー気に入ったみたいだし、これで文句無しで有坂の実家行けるだろ」
「…ああ、そうだな」
挨拶を終え玄関外まで結城に送られながら、その瞳をじっと見下ろす。
吸い込まれそうな青い瞳はやはり綺麗で、ここ最近俺は結城に触れたいという気持ちが少し抑えきれずにいる。
「…有坂?」
頬に触れてその感触を確かめる。
透き通るような肌はとても美しく、暗闇でも浮かび上がるような白さを放っている。
そっと頬から耳を撫で項に手を滑らせると、伸びてきた手が俺の手を取った。
「…くすぐったいっつの。お前なんか変だぞ」
「すまない。…少し考えていた」
「――え?何を?」
「俺と結城のことだ」
そう伝えると、結城の目が丸くなる。
「え、なんで。まさかやっぱり俺を連れてかないとか言うんじゃねーだろうな。絶対行くからな」
「…そんなに俺と会えないのが嫌か」
「嫌だ。一緒にいたい」
何の淀みもない言葉に心臓がドクリと音を立てる。
少し戸惑っていたら、不意にその手が縋り付くように俺の服を掴んだ。
「なに、なんで。俺なんかした?何でも言ってくれ」
予想外に切羽詰ったような顔で言われて驚く。
結城の母親に正直な関係を伝えられなかった罪悪感に悩んでいたわけだが、そんな必死な様相で言われるとは思わなかった。
「…ああいや。そんなに気に病むことじゃない」
「でも俺のことなんだろ?有坂の話だったらなんでも聞きたいし…思うことがあるなら言って欲しい」
そう言って不安そうに視線を彷徨わせる姿に、胸が掴まれる。
気づけば心臓が酷く早鐘を打っていて、自分でも驚いた。
「――大丈夫だ。変な言い方をしてすまなかった」
「本当か?なんかあったら絶対言えよ。後出しナシな」
「分かった」
安心させるように髪を撫でると、どこかホッとしたように結城の表情が緩む。
もちろん友人として紹介されたことに思い悩んでいたわけだが、しかしそれは結城の責任ではない。
今の俺はただの学生であまりにも不甲斐なく、安易に関係を口に出せないと思うのは当然のことだ。
ならばいつか結城に、男同士でも紹介して構わないと思われるほどの人間になればいい。
「有坂、楽しみだな。夏休み」
そう言って真っ直ぐに俺を見つめる視線が、微笑んでくれる表情が、堪らなく愛しいと思う。
心臓の音はもうずっと鳴り止まず、結城に触れる手が自分でも熱を持っているのが分かる。
――俺はきっと、この男に恋をしているのだろう。
「お久しぶりです」
『ああ、桐吾さん。夏の大会はどうでしたか?野球部の予定次第ではこちらのお手伝いのことは気になさらないで下さいね』
「いえ。残念ながら一回戦で敗退してしまったので、予定通りそちらに帰省します」
結城の家から帰宅しながら、夏の予定を伝えるために母親に電話を掛ける。
気にしないでいいと言ってはいるが、シーズン中で忙しく人手が足りないのは分かっている。
電話口でそう告げてから、俺は一つ心を落ち着ける。
ちゃんと結城の親に挨拶はしてきた。
本当の関係を伝えることは出来なかったが、精一杯の誠意は伝えられたはずだ。
「夏ですが、恋人を連れて帰ります。夏休み中に一緒に旅館の手伝いをしたいと申し出てくれました」
『まあ…それは――』
実家に結城を連れて帰る以上、母親には全て結城とのことを打ち明けた。
驚きとともに説教も受けたが、しかし最終的には承知してくれた。
電話を切ると、夏の夜風がふわりと髪を通り過ぎていく。
賑やかに虫の声がさざめき、どこか遠くで風鈴の音がチリンと聞こえた。
トクトクと鳴る心臓の音は、いまだ収まらない。
――夏休みが始まる。
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