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目が覚めると、布団に寝かされていた。
ぼんやりとした頭で見慣れない天井を見つめる。
ここはどこだろう。
自分の家じゃないのは分かるが、従業員部屋でもない。
身体を起こしたいが、頭がガンガンと痛くて全身が酷く熱い。
「…有坂」
無意識に名前を呼ぶと、すぐ近くでガタッと物音がした。
首を動かそうとしたが、それすらも気怠い。
だがすぐに眉間に皺を寄せた仏頂面が顔を出して、ホッとする。
どうやら有坂は側にいたらしい。
「ここにいる。高熱で倒れたんだ。大丈夫か」
「…熱?マジかよ…」
力無く呟いた声は酷く掠れている。
今日は異様に身体が怠いと思っていたが、まさか俺としたことが体調崩すとか。
いやそれより。
「…明日遊びに行けない?」
「当たり前だろう。まだ熱が高いんだ。さっき医者を呼んで診てもらったが、安静にしろと言っていた」
「えぇー…」
なんでここにきて熱を出すんだ。
せっかく休みになって、一日中有坂と一緒に遊べるはずだったのに。
「また今度いくらでも付き合ってやる。だから今はゆっくり休んでくれ」
「…うん」
頬に触れる手が気持ちいい。
いつもは有坂の体温の方が高いのに、今は俺の体温のほうが高いからか。
「それより何か欲しいものはないか。少し水分を取って――」
有坂の声が遠くなっていく。
どうやら予想以上に俺の身体は重症らしい。
再び深い眠りに落ちていった。
チリン、と風鈴の音がする。
次に目が覚めた時は、随分周りが明るかった。
酷かった頭痛は無くなっていて、ゆっくりと上体を起こす。
どうやら広い和室に布団を敷いて寝かされていたらしい。
障子は開け放たれていて、縁側からは手入れの行き届いた庭が見える。
モクモクとした入道雲が空に見えるあたり、今は昼くらいか。
「起きたか。気分はどうだ」
不意に廊下側から有坂の声がして、視線を向ける。
黒盆を持った有坂が部屋へ入り込んできた。
「…ん、大分楽になった」
「そうか、良かった。今朝熱を計ったら少しは下がっていた」
言いながら有坂は俺の隣へ来ると、手にしていた黒盆を置く。
というかコイツはいつから看病してくれてるんだ。
もしかして昨日の夜からずっとついてくれてるんだろうか。
どうやら食事を持ってきてくれたみたいだが、有坂は隣に座ると一度俺の額に触れた。
熱が上がっていないか確かめてくれてるらしい。
「食えるか?板前が卵粥を作ってくれた」
そう言って土鍋の蓋を開けると、ふわりと湯気が立った黄金色のお粥が視界に入った。
自然にぐーっとお腹が鳴る。
「食いたい。食わせて」
「分かった」
有坂が小鉢によそってくれて、少しずつ俺の口に匙を運んでくれる。
別に自分で食えるが、俺の中では熱を出したら甘えていいっていう自分ルールがある。
しっかりデザートの杏仁豆腐まで食べさせてもらいながら、そういえばと口を開く。
「そういやここどこ?旅館にこんな場所あったっけ」
「ここは実家だ。女将に従業員部屋ではなくこっちで面倒をみるようにと言われた」
「あー、そうだったのか。なんか迷惑掛けて悪かったな」
「それはいい。だが体調が悪いと思ったら今後すぐに言ってくれ」
じっと目を見つめられながら言われる。
確かに急に倒れるとかそりゃさすがの有坂もビビっただろう。
いや、案外「そうか」とか言いながらフツーに運んでくれた可能性もあるが。
「分かった」
とりあえず素直に頷いておく。
自分ではあまり自覚がなかったが、身体は知らない間に限界を迎えていたらしい。
昼飯を食い終わって少し話をしていると、有坂母が顔を出した。
何を言われるかビビったが、抱き締めて心配してくれた。
でも体調管理はちゃんとなさいって若干説教も受けた。
次いでちょうど中抜け休憩になったらしく、旅館の従業員さんがみんなして縁側から顔をだしてくれて、なんだかくすぐったい。
「マスにぃ、だいじょーぶ?」
「だいじょーぶ?飴ちゃんあげるね」
言いながら布団の上に思いっきりダイブしてきた有坂弟妹コンビも、お菓子をくれるあたり子供なりに心配してくれてるんだろう。
来客が済むと有坂に再び寝るよう言われて、横になる。
結構寝たから寝れないかなと思ったが、すぐにウトウトしてきた。
みんなは仕事があるから旅館に帰ったけど、有坂は俺の側にいてくれるらしい。
うっすらと目を開けて、有坂の姿を眺める。
縁側の柱に寄りかかって本を読んでいるが、今日は休みだから作務衣ではなく浴衣姿だ。
これまた黒地に格子模様が入った和服がしっかりと似合っているが、有坂家は休みの日でも和服なのか。
夏空を背景に縁側で本を読むその姿は中々絵になっていて、まるで幕末時代辺りの偉人のようだ。
昭和男子じゃなく江戸男子だったと後でハルヤンに教えてやろう。
ぱらりとページをめくる音が静かに響き、うつらうつらとしながらその姿を眺める。
ぼんやりと、記憶に残っている。
有坂が俺の首や耳にキスしたこと。
いや、もしかしたら夢だったのかもしれない。
俺の中で浮かび上がっては勘違いだったと沈む疑惑が、またしても浮上していく。
気になるなら、もう直接言葉にして聞けばいい。
何も一緒に夏休みを過ごすレベルの俺と有坂の仲だし、軽いノリでいつものように聞けばいいんだ。
が、どこか喉に支えたように確かめたくない気持ちもある。
――もしも。
もしも万が一有坂がそれを肯定してしまったら。
その時俺は、どうしたらいいんだ。
じっとその姿を見つめていると、不意に有坂がこっちを見た。
目が合って、心臓がバクリと大きく跳ねる。
あれ、何だ今の。
パタンと本を閉じて、有坂が近寄ってくる。
「寝れないのか」
「あ…いや、ウトウトしてた」
「そうか。何か欲しいものはないか?」
「大丈夫」
ついさっき飯も食ったばっかだし、今は喉も乾いてない。
飯食った時に熱も計って薬も飲んだし、張り替えてもらった冷えピタもまだ冷たい。
旅館のみんなも挨拶に来てくれたし、ガキんちょはお菓子をくれたし、何より有坂が近くにいてくれる。
なんにも問題はない。
「ああ、もしかして俺が側にいると気が散って眠れないか?もしそうなら出ていくが――」
そう言って有坂が立とうとしたから、とっさにその服を掴んだ。
「違う。側にいてほしい」
有坂に風邪が移る可能性もあるが、別に移ったらその時は俺が死ぬほど看病してやるから問題ない。
それよりも一人にはなりたくない。
有坂がいてくれれば、俺は絶対にもうぼっちにはならない。
「…俺は熱が出た時はめちゃくちゃ構ってもらわないと嫌なんだ。だから今日はずっとここに居てくれ」
有坂の服を掴んでそう言ったら、くしゃりと可笑しそうにその表情が笑顔を作る。
そんな顔を見たのは初めてだ。
俺は今芸人レベルの笑いを取ったらしい。
すぐに大きな手のひらが落ちてきて、優しく髪を撫で付けられた。
「勿論だ。ずっと側にいるから安心して寝てくれ」
「…うん」
有坂の言葉にホッとして目を閉じる。
せっかくなら本当は今頃有坂と観光地で楽しく遊んでる予定だった。
遊びにいけなくなったのは残念だが、有坂がたくさん構ってくれるならどっちでもいい。
いつの間にか眠りに落ちていたが、有坂は俺が眠るまでずっと髪を撫でてくれていた。
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