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結局回復するまでは三日掛かった。
有坂は最初の一日はずっと一緒にいてくれたが、さすがに仕事が始まればそういうわけにはいかない。
けど休憩時間は必ず来てくれて、夜も仕事が終わったら寝るまで一緒にいてくれた。
そんなわけで熱も治れば、再び仕事が始まる。
無理はしないようにと厳重注意を受けたが、しばらくタダ飯ぐらいさせてもらったし少しは頑張らないとさすがに悪い。
「結城、大丈夫か。無理はしてないか」
休憩時間に有坂が顔を出しては、俺の額に触れて顔を覗き込んでいく。
熱を出してから有坂がちょっと過保護になった気がするが、俺は構われるのは大歓迎だから全然いい。
むしろいつも俺のことを気にして考えてくれるくらいがちょうどいい。
「桐吾さん。そんな心配なさらずとも私もいますし、直ぐ側に仲居さんもいます。しばらく仕事中に益男さんとお話するのは禁止とします」
「…分かりました。すみません」
あ、有坂の方も禁止された。
首を擦りながら仕事へ戻っていく姿を見ていたら、仲居さんたちにクスクスとひやかされた。
「でも桐吾坊っちゃんがあんなに取り乱した姿を見たのは初めてだったんですよ」
「え?」
「物凄い剣幕でしたよ。益男さん抱きかかえながら救急車呼んでくれって」
「そうそう。女将さんに落ち着きなさいと怒鳴られて、お客様の中に医師がいらしたので急遽その方に診てもらったんです」
「へぇ…」
全然想像つかない。
まさかあの有坂がそこまで心配してくれたとか。
いや有坂もだが、あの女将さんが怒鳴ったことにも驚きだ。
知らないうちに色んな人に迷惑掛けていたことを知れば、改めて仕事で返さないとと思う。
少しは俺の心構えも変わったらしい。
「つ…疲れたっ」
仕事が終わる。
やる気を出してみたは良いが、やっぱり激務でめちゃくちゃ疲れる。
病み上がりということで早く上がらせて貰ったが、シーズン中の旅館は本当に忙しい。
どうせ有坂は仕事中だしさっさと風呂入って大人しく寝ようと思っていたら、ふとスマホに通知が来ていることに気付いた。
有坂と一緒にいる今、俺に連絡してくるのなんか家族だけだ。
そう思いつつ画面を確認して「あ」と声をあげた。
『マッスー、久しぶりー。元気してた?』
「いや、昨日まで熱出してた」
『ぷっ、ありちゃんの実家で?それ完全にはしゃぎすぎでしょ』
「バイト疲れだっつの。なにか用かよ」
そういや夏休み前に連絡先交換したの忘れてたな。
電話口から相変わらず飄々とした様子のハルヤンの声が聞こえる。
『別に大した用はないけど楽しく過ごしてるかなーって。ありちゃんとはもう付き合った?』
「気持ちわりーこと言ってんなよ。ハルヤンこそ相変わらず最低なことして遊んでるのか」
『んー、最低かどうかは置いといて遊びでヤッてた女がメンヘラ化してエライ目にあったこと以外は結構充実してるかなー』
「ほんとお前って最低だよな」
旅館外のベンチに腰掛けて、久しぶりのハルヤンと話す。
なんだかコイツの最低発言に若干慣れ始めてきている自分が嫌だ。
『まーまー、そんなことよりいつ帰ってくる?一緒に課題やりたいんだけどラストまで帰ってこないとかさすがにないよね?』
「さすがに始業式前には帰ってくるけど…でも俺こっちで有坂とやる予定だぞ」
『全然いいよ。写させて貰いたいだけだし』
「おい」
珍しくハルヤンにしては真面目な誘いだと思ったのに、結局最低じゃねーか。
『その代わりまた試合ある時は一緒に行ってあげるからさ。ほら、秋も新人戦とかあるっしょ』
「そーなのか?一緒に行ってくれるのは有り難いがもう合コンは行かねーからな」
『あ、ダメ?実はこの間海でCAのオネーサンと知り合ってさー、マッスー年上好きそうだったじゃん』
「おいっ、絶対行かねーからな」
結局合コン行かせるつもりだったんじゃねーか。
なんかもう色々アホらしくなってきた。
群青色に染まる空を見上げながら、なんで俺こんな奴と知り合いなんだろうと目を細める。
『冗談だって。じゃあほら、有坂相談聞いてあげるからさ』
「有坂相談?なんもねーよ別に」
『あれ、そろそろ出てくるかなーって思ったんだけど』
何言ってんだコイツは。
有坂に対して俺はなんの不満も愚痴もないし、相談するようなことなんて無い。
と、思ってからふと想い出す。
そういえば最近有坂に感じている疑惑があった。
何度も勘違いだったかと思って納得しているが、それでもたまに浮上してくる。
そしてそれは今も。
思わず周りをサッと見回す。
夕闇落ちるこの時間帯、旅館内から賑やかな声が聞こえるくらいで周りには誰もいない。
俺はそっと声を潜めた。
「…なあ、友達同士ってキスとかする?さすがに親友でもないか?」
『わお、ありちゃんやるねー。ファーストキスおめでとう』
「い、いや口じゃねーよ。それに俺の勘違いかもしれないし…」
高熱のせいで記憶が曖昧なんだよな。
ただの夢の可能性だってある。
だけど妙に感触を覚えてる。
しっかりと抱き締められた腕の強さや、すぐ耳元で聞こえた息遣い。
柔らかい唇を押し付けられて、それから耳朶を食まれて――。
思い出したら、ぶわっと頭の先までむず痒くなってきた。
「あー、いや。やっぱりなんでもない」
『えー、ちょっと何。めっちゃいいとこじゃん』
「楽しんでんじゃねーよ。つーかよく考えたら有坂彼女いたし俺の勘違いだわ」
そういやめちゃくちゃ影薄くなってたけどいたな、有坂の彼女。
さすがにあれだけ律儀な奴なら、彼女がいながら他に手を出すなんて事しないだろ。
有坂を失いたくないばかりに、俺が過剰に反応してどうする。
そう結論づけて話を締めようとしたが、不意にハルヤンが可笑しそうに笑った。
何笑ってんだコイツ。
『じゃあ俺も友達だし次会った時マッスーにチューしていい?俺上手いから腰砕けにさせてあげるよ』
「絶対殴るからな。つかお前は友達じゃねえ」
『えー、酷いなあ。まあ課題写させてもらう代わりに一つ教えてあげよっか』
「…はぁ?」
写させるなんて一言も言ってねーんだが。
なんだと思っていたら、ハルヤンが一度言葉を区切る。
どことなく含むような声音に変わった気がした。
『有坂にもし本当に彼女がいたらさ、普通マッスーじゃなくて彼女連れていくと思うよ』
その言葉にドクリと嫌な心音がした。
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